【完結】機械少女はテキストデータの夢を読む

金石みずき

《第一章》機械少女との出会いと大学生活の始まり

第1話

 高校生くらいに見える全裸の美少女が、膝と手のひらを床につけて頭を下げた。


 完全に全裸土下座にしか見えない。

 アダルトな世界にしか存在しないあまりにも非日常な光景に、目が眩みそうになる。


「初めまして各務かがみ凡夫ただおさま。私は自己学習型Self-learningAI搭載AI-equipped共同生活用communalオートマタautomata――SAICAサイカです。どうぞお気軽に、〝サイカ〟とお呼びください」

俺はサイカと名乗ったオートマタから視線を逸らしつつ、どうにか声を絞り出す。


「――その前に服を着てくれ。絵面がヤバい」




 このサイカと名乗るオートマタと出会ったのは、ほんのついさっきだ。


 大学入学をいよいよ明日に控えた今日のこと。

 引っ越したばかりでまだ荷解きが完了しておらず、部屋の隅にはダンボールが山を成していた。

 さてどこから手を付ければいいのやらと途方に暮れていたとき、突然インターフォンが鳴った。


 まだ住所を知っている人どころか知人すらいない状態だ。

 じゃあ誰だろうと疑問に思いながら、ドアスコープを覗いてみると、黒い猫でお馴染みの宅配便会社の人だった。


 荷物が届く覚えはなかったが出てみると、めちゃくちゃ重くて大きな棺桶みたいな箱を渡された。

 発送者は爺ちゃんだった。実は薄々そんな気がしていた。


 俺の祖父――各務研一けんいちは著名な科学者だ。ロボット工学を専門にしていて、有名な科学誌に何十本も論文を載せているし、いつも世界各地を飛び回っている。


 しかし爺ちゃんには裏の顔がある。それは(本人曰く)マッドサイエンティストというもの。


 とはいえ、別に非合法なことをしているわけではなく(タブン)、大抵は尋常じゃないほど精密なジョークグッズや、何の役に立つかわからないトンチキな発明品なんかを作っては自慢してくるだけというなんとも可愛らしいものだ。

 だから今回の物も、十中八九、変な発明品だろうと思った。


 片付けるどころかますます散らかった部屋に辟易とする。

 届いた荷物は部屋の中でも一番の大物だし、箱だけでも捨てなければ、他の片付けも覚束ない。


 そこでとりあえず開封してみたら、中に全裸の美少女が眠っていた。


 あまりに驚きすぎて「うわっ」と声がでた。

 ついでに冷や汗もだらだら流れた。

 するとそのタイミングで、蓋にくっついていたらしい紙が床に落ちた。


 疑問に思いつつ拾ってみたところ、どうやら説明書らしかった。

 斜め読みしてようやく、目の前の美少女が人間じゃないとわかり、半端じゃなく安心した。


 クソデカ溜息を零しつつ、まあそれならと顔を覗き込んだ。

 まじまじと眺め「へー、すごくよく出来てるな」と考えていたら、急にバチコーンッ!! って目が開いた。

 軽く悲鳴を上げて飛びのくと、全裸美少女オートマタことサイカが起き上がり、今の状況に至る。




 全裸の美少女にわざわざ服を着ろという俺の感涙必至のホスピタリティ溢れる気遣いを聞いたサイカは、どういうわけか「はぁ」と気のない返事をし、胡乱な目を向けてきた。


 え? なんなの?


「遠慮せず見てもいいのですよ? だって……お好きなのでしょう?」

「は? 好き? なにを?」

「皆まで言わせないでください。全裸土下座です」

「なぜその結論に至った!」


 俺は全力でツッコミを入れた。

 間違いは正さねばならない。

 ちなみにもちろん今も目は反らしたままだ。紳士なので。


 オートマタとは言うものの、サイカの容姿は、ぱっと見どころかじっくり見ても、人間と見分けがつかないくらいに精巧だ。

 強いて違和感をあげるなら、顔が完全に左右対称で整いすぎているところくらいだろうか。

 わかりやすい記号的な美人顔というわけではないが、バランスが極まっている。


 大きすぎるわけでもない目と、シュッとしすぎているわけでもない鼻と、薄くもなく厚くもない唇を合わせて、黄金比に基づいた理想配置に埋め込めば、こんな感じになるんじゃないのって顔だ。


 器量の良さと親しみやすさがスーパーハイレベルで同居しているという不思議な感覚を覚える。

 ちなみに髪は長くもないし短くもない。ザ・平均。


 身体については……一旦、言及を避けたい。

 全裸だし、見るわけにはいかないので。


「お爺様の――各務研一博士より、そう仰せつかっておりますので」

「とんでもないホラ吹き込みやがったな、あンのクソジジイ!」

「ちなみに情報源ソースは凡夫さまのF〇NZ〇の購入履歴を参照したようです」

「すいませんでしたぁ!」


 意外にもしっかりしていた情報源に、早撃ち自慢のガンマンもびっくりの素早さで即陥落する。

 いや、本当にそういうのが趣味ってわけじゃない。

 大幅割引されていて買わないともったいないくらいに安かったのが悪い。


 いわゆる若気の至りってやつだ。


 まだ購入可能年齢(一八歳)になってから数か月しか経っていないけど、セールなんて何回もあった。

 中にそういうのが混じっていただけで、他にもいろいろと買っているから――ってそんなこと、今はどうでもいいか。


「俺の性癖はこの際いい。けど、とにかく服を着てくれ。どこを見ていいかわからないし、話が進められない」


 俺は背後のクローゼットを指さした。


「あそこの中から着れそうなのを好きに着ていいから」


 サイカは「はぁ」とひどく気のない溜息を吐くと、ノロノロ立ち上がった。

 俺を追い越して、クローゼットへと歩いていく。

 サイカが裸なので、俺の目線はそのまま前だ。


 サイカはしばらくの間、俺の背後で「はー」とか「ほー」とか言いながらガサゴソやっていたが、そのうち「……ははぁ。なるほどなるほど」と何かに納得した声を上げた。

 間を置かずして衣擦れ音が聞こえてきたので、着る服を選んだのだろう。


 それにしても他に音のない中、女の子が服を着ている音だけがするって、なんかえっちですね。

 無駄に緊張してそわそわする。


 着替えが終わったらしいサイカの足音が近づいてくる。


 終わりましたよ、とも言わないので確認するタイミングを逃してしまい、今何を着ているかわからない。


 せっかくだから、何を着ているか想像してみようか。

 例えばそうだな――ここは定番の『彼シャツ』なんてどうだろうか。


 ……やべっ、わりと本気でグッときた。

 これは口に出してもいい性癖フェチだと思う。

 全男の夢と言い換えてもいい。


「お待たせしました」

「おお……」


 俺の前に戻ってきたサイカは彼シャツではなかった。

 でも全然がっかりもしなかった。


 何せサイカが着ていたのはメイド服。

 黒地に白のフリフリが付いたやつで、ご丁寧にカチューチャまで装着済み。


 オタク需要を狙い撃ちしたようなニーソックスに絶対領域が眩しい。

 優雅にカーテシーを決める姿は文句のつけようなく、完全完璧に二次元から飛び出してきた理想メイドで可愛かった。


「お気に召しましたか?」

「めっちゃいい!」


 グッと親指を立てる。いいね!


「それは何よりです」

「けど、そんなのあったっけか。全然覚えないんだけど」

「衣装ケースの奥の方に仕舞われていましたよ」

「あー……あー……あー……」


 うっすらと記憶が戻ってきた。

 去年の誕生日に地元の悪友から「凡夫、こういうの好きだろ」と贈られたものだ。


 出番がなさ過ぎるし、持っていること自体がなんか気恥ずかしかったから、奥の方に押し込めてしまっていた。

 全開まで引き出さないと見えないところだったから、完全に意識から抜け落ちていた。


「とはいえ一時しのぎにはいいですが常用には向かなさそうですね」


 サイカがスカートの端を引っ張りながら言った。


「どうやらパーティグッズのようですし」


 確かに見るからにペラペラで、質は良くなさそうだ。

 多分ドンキあたりで買ってきたものだと思う。


 とはいえ、サイカが着たらそれほど安っぽく見えないのは不思議だ。

 あまりにも動作が洗練されていたからだろうか。


 馬子にも衣装……じゃないな。馬子と衣装の立ち位置が反対だし。

 こういうの、何て言うんだっけ。

 えーっと……、そうだ。弘法筆を選ばず、か。合ってる? (国語は苦手)。


 まあとりあえずこれでいいです、とサイカは再び正座する。

 つられて俺も正座に座り直し、背筋を伸ばす。狭い室内に正座で向かい合う若い男女二人が完成した。

 お見合いかな? ただしうち一人はオートマタだけど。

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