彼女と俺

鐘乃亡者

彼女と俺

 彼女の様子がおかしい。

 

 家では殆ど自室に篭っているし、突然笑ったり泣いたりする。食事もほとんど取っていない。眠っている時も不安そうな顔を浮かべて、意味不明な寝言を唱え続ける。

 

 以前までは明るくて可愛い子だったのに今は見る影もない。

 目は常に充血していて頬は痩せこけている。髪はぼさぼさで肌も荒れ模様だ。


 同棲している彼氏としては胸が痛くなるばかりだった。近所の人も変わりように驚いているようで、会えば毎回「A子ちゃん大丈夫?」と聞いてくる。

 

「俺も心配してるんですよ。何とかしたいんですがね」


 聞かれる度に俺はそう答えるしかなかった。

 彼女には面倒な所もあって、悩み事があっても極力隠そうとするのだ。どんなに親しい相手であっても原因を打ち明けず、ただひたすら自分だけで抱え込んでしまう。

 この短所は幼い頃いじめを周囲に相談した結果、事態が著しく悪化した経験によって生まれたらしい。理由としては納得できるが、彼氏には相談くらいして欲しいと思う。

 

 このまま見守るしかないのか。もしかしたら時間が解決してくれるかもしれない。何もできない自分が腹立たしいが。

 ――――そう思っていた矢先の出来事だった。

 

「死んじゃえば解決するのかなあ」

 

 ある日の朝食に彼女はポツリと呟いた。そしてパソコンに向かったかと思うと、オンラインショップで首吊り用の縄を購入した。そのまま操り人形の如くふらふらしながら仕事に向かったのだ。

 

 その様子を見ていた俺は愕然とした。同時に、見守るなど悠長なことを言っているべきではないと悟る。

 今まで彼女の存在に救われてきたのだ。今度は俺が救う番だと決意した。

 

 まず俺は町一番と評判の探偵を雇った。

 考えられる原因としては仕事上のトラブルである。そこで何か問題が起きているのであれば、専門である彼らに調査を頼むしかない。素人が聞き込みをしたところで効果は薄いだろう。

 

 しかし調査した結果、仕事場に問題はないということはなかった。労働環境は極めてホワイトで雰囲気も良いらしい。むしろ同僚や上司も彼女を気にかけているそうだ。


 なら彼女に何が起きているのか。

 わかりやすく頭を抱える俺に探偵は言った。 

 

「仕事上、こう言うのもアレなんですがね」

 

「なんです?」

 

「今から私が言うことを真面目に聞いてくれますか」

 

「はい、勿論です! 解決に繋がりそうなことだったら何でもお願いします!」

 

「じゃあ言いましょう。彼女さん、お祓いした方がいいですよ。ちょっとだけ霊感あるんで何となくわかるんです」

 

 探偵の助言通り近辺の霊媒師を調べまくった。

 そのうちの一人に電話をかけて後日伺うことになった。どうやらその霊媒師は写真を通してお祓いできるらしい。しかも口コミから判断するに信頼度は高い。

 

 約束の日が来たので指定された場所に向かう。

 そこは一見ごく普通の民家で特に変わった点などはない。インターホンを押すと妻らしき若い女性が出迎えて、奥まで案内してくれた。待っていたのは如何にも真面目そうなスーツ姿の男性だ。俺が挨拶すると微笑んでくれた。

 

「本日はどのようなご用件でしょう?」

 

 二人きりになるや否や、霊媒師は切り出す。

 俺はすぐに彼女のことを相談した。「写真を見せて欲しい」と言われたので、一番最近のものを渡す。

 

「あぁ、これは結構良くない状態ですね」

 

「悪霊に取り憑かれてるということですか?」

 

「いえ、悪霊ではないんですけども大量の霊が憑いてます。しかも老若男女。最近心霊スポットに行かれましたか?」

 

「――――あっ! そういえば先月彼女が大学自体の友人と遊びに行ったんですが、少しだけ寄ったと言っていました」

 

「多分その時でしょうね。まあもう二度と変な場所には寄らないように口を酸っぱくしてください」

 

 俺が詳細を聞くと、霊媒師は詳しく説明してくれた。

 普通なら彼女は陽のエネルギーが強いので憑かれることはないとのこと。だが偶々タチの悪い溜まり場に行ってしまったのが原因で、彼女の明るさを羨ましがる霊達が集まってしまったんだとか。

 取り憑かれすぎた彼女は今、世界が全く違うモノに見えているらしい。


「それでお祓いはしていただけるんでしょうか?」

 

「勿論です。しかし私のお祓いは独自の技術が必要となりますが故、高額となりますが……」

 

「金を払って彼女が戻るなら安いもんです。だから………お願いします!」

 

 俺は土下座をして頼み込んだ。

 霊媒師はそんな俺に心打たれたようで、少し値下げした上で快く引き受けてくれた。提示された金額は俺の貯金の大半が消えるくらいだったが、特に気にならなかった。

 

 お祓いは数時間に渡って続いた。

 彼女の写真を前に、霊媒師が何か唱えたりお祓い棒を振ったりしていた。

 最初から最後までよくわからない儀式だったが「これでもう大丈夫ですよ」と霊媒師は送り出してくれた。

 

 事実、その日から彼女は見違えるように変わった。

 顔には笑顔と肌の艶が戻り情緒も安定している。自殺を考えたことなどもすっかり忘れ、しっかりご飯を食べて元気よく出社するようになったのだ。

 今はしっかり熟睡している。


「そろそろ俺も寝るか」

 

 今日も盗聴器からはすぅすぅと健全な寝息が聞こえてくる。

 監視カメラの映像を見て問題がないことを確認し、俺は寝室に向かった。


 寝室の壁は彼女の写真で一杯だ。中学校の卒業式、高校の入学式、大学の合格発表日、入浴時のもある。

 我ながらこのデザインは気に入っている。彼氏なんだから、当然だろう?


「おやすみハニー」


 俺はその中で唯一、此方に向かって微笑んでいる写真に接吻する。そしてベッドに横たわり夢の世界へと堕ちていった。

 

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