第3話 誰が勇者を殺すのか
実際問題、将来的に人間に対して反旗を翻して魔族の仲間になるのは誰なのかという話である。
物語のタイトル的に主人公は勇者に追放された事を転機としている、という事は主人公が魔王軍四天王になったのは受動的だったと考えるべきだろう。
俺、というか勇者が原因になるのならば俺が誰一人として追放させなければ問題ないと思われるかもしれないが、しかしこれには大きな穴が存在する。
そう、受動的に勇者パーティーを離れる事となった主人公は魔族の仲間になったという事は、それすなわち既に主人公は魔族となんらかのコンタクトをとっている可能性があるという事だ。
魔族も暇ではないだろうし、たまたま出会った勇者の仲間をヘッドハンティングしたとは考えにくい、と思う。
少なくとも彼らにとって主人公は追放されたのだとしても今まで魔族の邪魔をしてきた存在なのだ、そんな存在を率先して招き入れるとは思えない。
だからこそ俺は既に主人公は魔族と何らかのコネクトがあると考えているわけだが、今のところパーティーメンバーに怪しい様子はない。
魔族の仲間がいるとは思えない。
……パーティーメンバーの中で最も怪しいのは長寿である魔女のアンバーではある。
彼女ならばかつて魔族と関係を持っていた過去があってもおかしくないし、ていうか不死な時点で間違いなく人間外の技術が使われていると思う。
そうでなくても彼女は謎多き存在だし、しかしそれでも怪しいだけに過ぎないと言われればそれまでである。
怪しいってだけで疑うのも違う気がするしなー、それに他の仲間が魔族と関係を持っていないとは限らない。
良くも悪くも勇者パーティーはなんだかんだで魔族と戦ってきているから、そのどこかで魔族と知り合っている可能性がある。
それに、これはメタ的な考えであるが、物語として発表されているのだから、主人公サイドは善側であると思う。
つまり、人間が悪で魔族が善みたいな形になっていると思うのだ。
あるいは、魔族と協力して人間側に蔓延る悪を倒す物語なのか。
どちらにせよ、主人公は正義でなくてはならないのだ。
さて、そういう意味でどん詰まりである。
現状、俺達の中に魔族と通じあっている存在がいるとは思えない。
いや、それは単に俺が気づいていないだけという可能性は大いにあり得るのだが、気づいていない以上、ここで疑いをかけるのは完全に言いがかりである。
それでもとりあえずカマをかけてみるつもりで話してみようと思い、ちょうど夜営の準備をしていたルクスにそれとなく聞いてみる事にした。
「なあ、ルクス」
「何かしら?」
「魔族って存在自体は俺達の敵だけど、実際どこまで敵なんだろうな?」
「……言葉の真意は分からないけど」
テントを固定する太い釘を叩く手を止め、彼女は言う。
「一筋縄にはいかないでしょうね。そもそも人間に好意的な魔族もいるのは確かだし、だからお互いに人間サイドにも魔族サイドにも現状に対して疑問を抱いている存在はいると思うわ」
「ふうん?」
ちょっと、いや、かなりどきっとした。
まるで魔族に良い存在がいるような、いや。これは人間に対して好意的な存在がいる事を知ってないと出てこない言葉だ。
「どうしてそう思うんだ?」
「……もしかして、あたし魔族と通じてるとか思われてるのかしら?」
「え。い、いやそんな事は」
鋭いなぁ、分かっていた事だけど。
彼女は特に気にしない様子で、
「あたし、貴方に信頼してもらうためならなんでもするわよ?」
「な、なんでも?」
「そう、なんでも。ワンちゃんの鳴き真似をしても良いし、ワンちゃんみたいに裸でリード付けて散歩しても良いわよ?」
「いやいや、そんなことするわけないだろっ!」
「冗談よ」
くすくすと笑ってから、少し真面目な表情になる。
「昔だけど、お父さんが魔族と取引をしていた時があって、その時軽く話をする機会があったけど、そこまで悪人ではなかったという印象だったわ」
「それは」
「もちろん、裏ではどんな事を考えているかは分からないけど。彼らも商業的価値があるからこそ人間と交友を持っていたわけだし……だけど」
ルクスは続ける。
「偽善も隠し通せば善になる……いや、飢えた存在に食事を提供するという行為は、そこにどんな思惑があったとしても、飢餓状態の人には関係なく、どうしようもないほどの善人に見えると思わない?」
「それは、そうだ」
「だから、魔族が敵か味方かに関しては、害をなす存在もいるというのがあたしの答え。そしてそれをどうにかするのが、勇者パーティーなんじゃないかしら?」
……
彼女の言葉を参考にした上で、次にアンバーと二人きりになる機会があったので尋ねてみる事にする。
「なあ、アンバー。俺達に協力的な魔族がいたとして、俺達はどうしたら良いと思う?」
「藪から棒に、いきなりじゃな。ウチにそんな事を聞いてくるなんて、何かあったのか?」
どう答えれば良いか迷っていると、アンバーは「もしかして、ウチは疑われているのか?」と首を傾げる。
「まあ、ウチはどちらかと言うと人間よりも魔族よりの存在じゃからな。疑うのも無理からぬ事じゃろう」
「い、いや」
「もしウチの事が不安ならば、いっそワンコのように首にリードでも付けてみるか? 何なら裸で四つん這いになって散歩しても良いぞ」
「いや、そんな事はしねーよ」
「それは残念じゃの」
何故そこが被る?
「とはいえ、魔族が敵か味方かという話に関しては一筋縄にはいかないじゃろう、けど。実際一族郎党を殲滅するのが楽ではある」
「い、意外と過激な事を言うんだな」
「実際問題として、我々が戦っている魔族は何もいきなり無から自然発生した訳ではない。何らかのルーツがあり、そして横にも縦にも繋がりがある」
「それは、そうだな」
「……繋がりというものは厄介極まりない。一人が水面に吸い込まれれば、関連した全てが釣られて藻屑になるからの」
ふー、と何かを思い出すかのように遠い目をするアンバー。
「俗世と離れようとしたウチも、時間という万物が抗えない絶対の力を借りなければ、それらを切り離す事は出来なかった。つまりは、そういう事じゃよ」
「……つまり、敵じゃない魔族がいたとしても、敵となっている魔族を倒すたびにそれらが反転する可能性があるという話か?」
「そう、じゃな」
「だけど俺達は、人間の味方だ」
「そしてウチは勇者である以前にアーサー、お前の仲間じゃ。この繋がりは絶対に途切れる事はない久遠なるものである事を、お前には覚えていて欲しい」
……
そして、セシリアに関しては現状最も疑いにくい立場であるが、しかしだからこそ怪しいとも思う。
勇者の幼馴染、昔からの知り合いであるからこそ俺の醜い場所を目撃してきたであろう彼女。
それはお互い様であり、だからこそ俺は彼女が魔族と関わりを持った事がない事を知っているが、しかしそれは絶対ではない。
……そもそも、の話ではあるが。
こうして仲間に疑いの目を向けるというのはどうも苦手だ。
もしかしたら目の前のこいつは俺を後ろから刺してくる奴なんじゃないかと思ったとして、それが一体何になるというのだろう?
そんな事をするよりももっと仲良くなって信頼し合える仲間になる方が有意義な気もするのだが、しかしながら物語として主人公がどのような選択を取るかは俺の意思とは関係がないのだ。
最悪、俺がどう足掻いたところで主人公は魔族の仲間になるかもしれないし、だとしてもそれを回避する為に努力しなくてはならない。
「という訳で」
「どういう訳なの?」
「セシリアって魔族の知り合いとかいるのか?」
「た、単刀直入に聞くね?」
「そもそもセシリア相手に頭脳戦が出来るとは思えない」
「……いや、頭ならばアンバーさんとかルクスちゃんの方がいいと思うけど」
「俺とお前は幼馴染だからな、お互いの事はそれなりに知り合ってる」
「いや、それはないね」
え、そこで否定されんの?
ちょっとショックなんだけど。
「私の方がアーサーの事を熟知してる。疑う余地もないし、全体的に信頼してる」
「ああ、そういう」
「もしもっと私の事を今以上に知りたいというのならば、いっそ裸にリードを付けて犬みたいに散歩してみる? 新しい世界がきっと見えるよ?」
「嫌だよ」
だからなんでそこが被るんだよ、天丼じゃねーんだぞ。
「まあ、それはちょっとした小粋なジョークとしてひとまず置いておくとして」
「俺としては永遠に放棄して欲しいのだが」
「置いておくとして。実際問題、魔族の事は正直どうでも良いと思ってる」
「なる、ほど?」
他の二人とは少し違う答えだった。
「どうでも良いというか、ぶっちゃけ興味がないと言うか。だって彼等が私に何かメリットがあった事ってないし」
「それって逆に言うとメリットがあるならば関係を持っても良いってことにならないか?」
「でも、人間関係ってそう言うものじゃない?」
「……結構、なんていうか寂しい事を言うんだな」
「そこで寂しいって思ってくれるアーサー、私は好きだよ?」
でもさ、と彼女は続ける。
「好きも嫌いも、一つのファクターの一つ。嫌いならば距離を置くし、好きなら近づきたい。損得に関しては、嫌いというデメリットと好きというメリット。それらを考えて、総合的な判断を下したい」
「なるほど、な」
「その観点で言うのならば、私的に魔族は」
少し笑って、それから真面目な顔をして彼女は答える。
「好きも嫌いも、0。だからぶっちゃけどうでも良い。敵なら倒すし、メリットがあるなら付き合うのもいいと思う。そこに他意はないし、特に好意も悪意もある訳でもない」
「そう、か」
「ちなみに、アーサーは好きが無限で嫌いが50だね」
「き、嫌いはゼロじゃないのか」
「まあ、私も貴方に対して全く不満がないわけではないからねー。でも人間ってそう言うものでしょ?」
セシリアは言う。
「人間は他人の都合で生きているわけでもなく、自分勝手に生きている。そして私は、できる事ならば自分の気持ちに素直に生きていきたい、かな?」
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