第2話 光の勇者

 世界設定というか舞台背景というか、兎に角この世界について。

 この世界は、元となっている物語のタイトルからも察する事が出来る様に、現在人間と魔族は戦争状態にある。

 いや、正確に言うのならばそこまで大規模な戦争は行われておらず、水面下で激しい戦いが繰り広げられているといった感じと言うべきか。

 事実、俺と言うか勇者が表立って多くの魔族が住んでいる魔国に侵入して戦闘行為を行った事はなく、あくまで人間の生息域であるアストラ連邦で魔族によって引き起こされた事件の解決が主な勇者の仕事となっていた。

 とはいえ、その事件というのも文字通りの意味で国一つが滅ぶレベルくらいの事は毎度起きており、だからこそ戦争というのも日々苛烈になっていっているのだろう。

 恐らく、勇者が魔国に投入される日も近いと思っている。

 生憎とそこら辺の事情はあくまで戦略兵器の一つである勇者、つまり俺は詳しく知らない。

 もしかしたら原作を知っていたら違っていたかもしれないが、残念ながらそれも俺は知らないのだ。

 幸い、元々文明国家の中で産まれたという前世を持っているので数学的知識などは持っているが、残念ながらそれらも活躍する時は少ない。

 何なら剣術とか魔法とかこの世界で会得した技術を活用する時間の方が専らであるし、文明的な事はむしろルクスの仕事となっている。

 悲しいかな、勇者とは聖剣を振るってなんぼとは誰が言った言葉だっただろうか?

 今日も今日とて事後報告の為に連邦評議会の長である連邦会長――カルテナの下に召喚されていた訳だったが、俺達パーティーがやった事を報告しているのはルクスである。


「――以上が、アルトハレリで行われた事件についての顛末です」

「ご苦労、ルクスさん」


 ここ、白亜の城と呼ばれる名前の通り純白の城の主、カルテナさんはルクスに微笑む。


「いつもの事ながら、貴方の報告は簡潔でかつ分かりやすい。評議会の議員に招き入れるか、もしくはわたくしの秘書として雇いたいくらいです」

「ご冗談を、カルテナ様。あたしはあくまでアーサー……彼のサポートをするだけの者ですので」

「ええ、それは分かっています。我らが勇者殿は、周知の事実ではあるが言葉が足りないヒトですので。貴方が彼の言葉を代弁してくれないと、わたくしは彼の意思を理解する事が出来ません」


 とは、いえ。

 そう言って彼女はこちらをじっと見てくる。


「わたくしとしてはこれからも末永く付き合っていく事になるであろう勇者殿とは仲良くしていきたいと思っています――貴方からも、貴方の口から、貴方の言葉で、わたくしに何か語って欲しいのですが」

「連邦会長、俺はあくまで勇者です。あくまで勇者としての責務を執行しているだけの人間ですので、貴方を満足させられるような言葉を紡ぐ事など……」

「そういうものは道化師か吟遊詩人の仕事でしょう。わたくしはあくまで貴方の言葉を聞きたい、ただそれだけです」

「……」

「ああ。別に他意はないですからルクスさん、わたくしの事を警戒する必要はありませんよ? まあ、もっとも貴方の気持ちを理解出来る程度には、わたくしも彼に対しては好意的な感情を抱いてはいますけど」

「え。は、はい……」


 どうやらルクスは俺が何かカルテナさんに失礼な事をして、そして何か不快な感情を抱かせたのではないかと心配しているようだ。

 いや、俺は基本的に報告はルクスに全任せしているから、それこそカルテナさんとはあまり喋ったりはしてないぞ?

 こちらをじっと光を失ったような疑惑の瞳で見つめられても困る。

 俺はあくまで勇者であって、勇者以上の存在ではない。

 失礼な事をしてしまうかもしれないから、信頼出来るルクスにすべてを任せて俺は引っ込んでいるんだ。

 責任を押し付けてる?

 それは、まあ、はい。


「わたくしとしてはこれから貴方達とお茶会でもしたい気持ちなのですが、生憎とわたくしの目の前には仕事が山ほど積まれています。それを消化するためにも、今日の貴方達との楽しいお話はひとまずここらでお終いにしましょう」

「はい、ありがとうございました」

「それでは、これで」


 俺とルクスは彼女に一礼をし、それから部屋を出る。

 長い廊下に出、それから城の内部を移動しながらルクスが俺に話しかけてくる。


「ねえ、アーサー? 一応聞いておくけど、カルテナ様には何か失礼な事はしていないのよね?」

「い、いや。そこら辺に関しては申し訳ないけど自信がない」

「……」

「ほら、俺って基本的に勇者って役職ではあるけど出身はただの農家じゃん。だからこういう場所に住んでいる偉い人達とのやり取り、その作法についてそこまで詳しいわけじゃあないんだよ。そこら辺、カルテナさんも知っているだろうから、配慮はして貰っているんだろうけど」

「……まあ、その返答が返ってくるなら心配はしないわよ――だいじょぶ」


 やれやれ、と肩を竦めて見せるルクス。

 一応彼女は斥候という役職であるが元々はとある商家の娘であるため、礼儀作法などに関してある程度の知識を有している。

 日常的に役立つ情報、魔法に関しても彼女は熟知しているため、もしかしたら俺のパーティーで最も俺に貢献してくれているのは彼女なのかもしれない。


「本当、助かっているよルクス」

「な、なによ急に? 褒めても笑顔くらいしか返せないわよ?」

「むしろ笑顔を返してくれるならばいくらでも褒めるよ。ルクスの笑顔は可愛いからな」

「……そういうのはみんなに、セシリアやアンバーにも平等に言うのよ? あたしだけ褒められても嬉しくないわ」

「? いや、こういうのは素直な気持ちなんだし、褒めたい時は素直に褒めるよ」

「そう言うところよ、まったくもう」


 呆れたようにこちらを見てくる。


「貴方のそう言うところが、なんていうか――パーティーメンバーになってしまったあたしも馬鹿なんだろうけど」

「い、いや。えっと、え? もしかしてパーティーに入った事、後悔してたり?」


 それはそれで困る。

 それだと文字通り原作が始まってしまい、それはどういう事かって言うと無双からの人間蹂躙が始まるって事である。

 勇者である俺としては原作が始まるのはデメリットしかないので、出来ればそれは阻止したい気持ちである。


「……別に?」


 しかし、彼女ははにかみながら少し俺の先を歩く。


「悪いオトコに騙された感はあるけど、あたしは今の自分に満足しているのだから」



  ◆



 ルクスという少女にとってアーサーという男は「光」である。

 ……商家の娘として生を受けた彼女は極めて優秀な子供だった。

 商業的な知識は勿論の事、商人として重要な技術の一つである生活魔法も簡単に会得した。

 そんな彼女は家族から期待され、そして同時に嫉妬、忌避されていた。

 彼女は長女ではなく、末の娘だった。

 だからこそ彼女は兄姉から存在自体を嫌われ、存在自体がなければと思われていた――少なくとも彼女本人はそのように考えている。

 それを察する程度には、彼女は賢かった。

 ……察せられないほどに愚かであったならばと、何度も思ってきた。


「お前がいなければ俺はもっと愚かでいられた」


 兄の言葉だ。

 商人として生きるのならばなぜ愚かでいる事に甘んじられるのかと思った。

 そう思ってしまう自分と彼との間には超えられないほどの隔たりがあるのだと察した。


「貴方ほどに賢ければ、私はもっと楽する事が出来た」


 姉の言葉だ。

 商人として生きるのならば楽する事なんて出来ない、近道するにしても苦労が常に隣合わせだ。

 そう思ってしまう自分と彼女との間にはどうしようもないほどの隔たりがあるのだと思った。


 別に、彼等の事は嫌いと思った事はない。

 ただお互いにお互いの事を理解出来ない存在として認知している事は分かっていて、それがとても悲しかった。

 家族であるのに、自分達はどうしようもない程に距離がある。

 家族ですらそうである事からも分かる通り、ルクスと人との間にはどうしようもないほどに距離があって、だからこそ彼女はどうしようもないほどに孤独であった。


 そんな彼女にとっての転機は、父に連れられとある貴族の屋敷へ商談に赴いた時だった。

 その屋敷に足を踏み入れ、そして同時にどうして貴族は父と自分を招き入れたのかを察する事となった。

 

 ――父の首が飛び、拘束される自分。


 その貴族の目的は結局のところ分かっていない。

 父を抹殺する事が目的だったのか、それはオマケで自分を手にする事が目的だったのか。

 ……結局のところその貴族の目論見は失敗に終わる事となった。

 それはまさに光の奔流の如く、目まぐるしい程に状況は変化し、いつの間にか自分は――彼らと共に旅をする事になっていた。


 元々アーサー……勇者の目的はその貴族だったらしい。

 その貴族は自分以外にもうら若き娘を集めていたのだそうだ。

 合法的に、そして非合法的に。

 集めた娘の「利用用途」については、分からない。

 ロクな事ではないのは間違いなく、だからこそ勇者として彼はその問題の解決に向かわされたのだそうだ。

 

 ここら辺に関しては、正直どうでも良い裏事情。

 結果だけがあくまで重要である。


 結論。

 家を継ぐ者として選ばれた者は兄であり、資産を継いだ者は姉であり、自分にはただ自由が与えられた。

 目の前には何もなく、それ故その先に進む事に不自由はなかった。

 そんな彼女がまず目を付けたのは――それこそ勇者である彼だ。

 寄生、なんて言葉を使いたくはないが、それでも勇者の近くに身を置く事は自分にとってメリットのある事である事は明白であったがため、ルクスは彼等のパーティーに入って旅に同行する事を決めたのだった。


 別に同情を利用するつもりはなかったが、それでも彼等はルクスの事を一人の少女として扱った。

 アーサー、彼の幼馴染のセシリア。

 二人の存在は自分にとって――光だった。

 二人は自分に、今まで目視する事の出来なかった暗闇の先を教えてくれた。

 ……それはきっと生きていく上で不必要な事だったかもしれない、どうでも良い事なのかもしれないけど。

 だけどルクスにとってはとても大事な事だった。


 ふと、自分は二人にちゃんと何か返せているのだろうかと思う時がある。

 商人の娘という役割を失った自分に残されているのは、知識と技術、それくらいだった。

 幸い、それらを活用する機会は幾らでもあった。

 アーサーはとても感謝してくれたし、セシリアとは何度も話をしてきた。

 ……話す事と言えば、それこそ専らアーサーについての事だけど。


「結局のところさ、私達はアーサーの事が好きだけど」

「それは、そうね」

「やっぱりその、私達にとって重要なのは愛する事じゃなくて愛される事だと思うの」


 さもありなん、そう思った。

 何をするかはあまり重要ではない。

 それによって相手がどのように思うのかが重要だ。

 

「お金を払って、それではいお終いって程単純ではないからね」

「あはは……セシリアって時々おバカな事を言うわよね」

「む、そういうルクスちゃんはどうなの?」

「あたし? あたしは――」


 少し悩んだのち、彼女は答える。


「やっぱりまあ、対話よね」

「対話?」

「そ。あたし達は所詮赤の他人だもの、いっぱい会話をして、通じ合って、お互いの未知を理解し合う。それが人間関係の基本、でしょう?」


 結局のところ、それこそが自分にとって苦手な事ではあるけれども。 

 だけど、精一杯の気持ちを返したいから、頑張りたい。


「うん……だいじょぶ」


 あの日、薄暗い檻の中で光の先で手を差し伸べてくれた彼。

 大切なのは今まで辿って来た過程だとしても、その過程に至る為の始発点――運命の出会いには感謝をしている。

 彼と話せば話すほどに積っていくこのキモチ。

 ああ、本当に……


「返しきれないかも」

「ん、何か言ったか?」

「ううん、別に?」


 笑顔が好きだって言ってくれたから、だから彼女はいつものように微笑んだ。

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