#3 宇宙が滅びる原因
金髪の方はフランス人で、シャルロット・バーキン。
日本のマンガが好き過ぎて独学で日本語を学び、日本へは留学生としてやってきた。俺と同じ高一。
チビっこい方は、
シャルロットのホームステイ先の娘。現在中二。しかも俺と同じ中学だった。見た記憶はないけど。
で、二人はたまたま出会い、出会った後でお互い能力に気付いたらしい。
シャルロットが平行宇宙へ移動するときは空間を歪ませて隙間みたいなのを作って、そこを通り抜けるそうなのだが、須垣には、そうやって一度開いて閉じた空間の歪みが見えるんだと。
で、俺の能力も使ったときにその歪みが空間内に現れて、そのせいで俺を見つけることができた、と。
本当に平和を望むのであれば、使っちゃいけなかったってことだよな。
でもそんなの無理だろ。
自分の能力に気付いたら、使っちゃうだろ。
それに俺は人助けと、欲にまみれていない他愛もないことにしか使っていない。
ガキの頃に人から傷つけられたことがあるせいか、人を傷つけてしまうようなことは回避してきたつもり。
なのに、それを使うこと自体が宇宙を滅ぼすとか言われてもさ。
それならもっと早いうちに使うなって教えておいてくれよって話。
「あんたの能力はね、時間を遡れる能力なんかじゃないの。正確には宇宙を裂く能力」
「年上相手にあんた呼ばわりする奴の言葉には説得力がなぁ」
「
ぐっ。
後輩め。正論だよ。
「話を遮って悪かったよ。続けてくれ」
「ふーん。謝れるんだね」
ムカつく物言いだが、いちいち反応していたら話が進まない。
ここは大人な俺の方が譲ることにする。つまり反応しない。
「例えば先輩が醤油をこぼしたとするね」
「げっ。お前見てたのかよ?」
「何を? 私がただ目玉焼きには醤油派なだけです」
「俺も醤油派だ」
「キモ」
こ、堪えろ。堪えるんだ、俺。
「話を戻すから。先輩が醤油をこぼして、能力を使ったとして。先輩は醤油をこぼす前まで時間を遡って戻ったつもりでいる。でもそれは違うの。確かにそこまでは戻れたかもしれない。だけどその『遡っている』と思い込んでいる過程で、宇宙を二つに分けちゃってるの」
「二つに……それが、宇宙を滅ぼすことに繋がってしまうってことか?」
「結論を急がないで」
「わかった」
「醤油をこぼす前の時点に戻った先輩の前には二つの宇宙がある。既に醤油をこぼした宇宙と、これから先、醤油をこぼす以外の行動を取ることができる別の宇宙と」
なるほど。
「既に起きた事実は変わらない。醤油をこぼした先輩の方の宇宙は、先輩がこちらの宇宙でどんな未来を選択しようとも、あっちはあっちでずっと在り続けるの」
頭が追いついているわけじゃない。
でも、実感として納得感があった。
もしかしたら、いったん時間を遡ったときにその遡りを繰り返せないのと関係あるのかもしれないな。
「私はそうやって裂かれて分かれた別の宇宙へ渡れるの。『凱夫が醤油をこぼした宇宙』へ行き、そしてまたこっちの宇宙へも戻ってこれる」
ずっと黙っていたシャルロットが一言挟んだ。
「俺の能力は、自分で思ってたよりとんでもないものだったんだな」
「そうでもない。宇宙は自然に分かれているものだから。宇宙の法則みたいなもの。先輩はその法則をこっそり借りて勝手に実行している感じ」
「言い方に悪意がある」
「実際に悪い影響があったから。わかる? 過去形で語っているの」
「分かれた先の宇宙の方の俺が、悪いことをしたってことか?」
「ううん。今、私の眼の前にいる先輩自身もだよ」
「俺っ?」
「宇宙が分かれるとき、強引に裂いた場合、その分かれ目になる部分が歪んだままになるみたいなのね。普通に分かれるのが宇宙の自然な細胞分裂だとしたら、先輩が無理やり宇宙を裂くのは
心の中で「ガーン」と言う。口には出さない。
いや冗談じゃなく。
もしこの須垣の言うことが本当なのだとしたら、俺が宇宙を蝕んでいるってことなのか?
「事態の重大さに気付いてもらえたみたいだね」
「……自然な宇宙の分裂って、どのくらいの頻度なんだ?」
「そのときによって違うっぽい。けど、綺麗に分かれるから、あれが正常な宇宙の分裂なんだってわかるだけ。先輩のは必ず歪みが残る。しかもね、宇宙を裂いてから次に裂くまでの期間が短いと、その歪みが溜まるの。まるでカサブタみたいに」
「歪みが溜まるとどうなるんだ?」
「真実はわからないけれど、シャルと一緒にそこに渡って調べた感じだと、向こう側の宇宙は滅びてる」
「滅……び?」
言葉が出てこない。
俺がたかだか醤油をこぼすのをごまかすために時間を遡――もとい宇宙を裂いたら、裂けて分かれた向こう側の宇宙が滅ぶって?
地面に膝をつき、しゃがみ込む。
鉄パイプも地面に置く。
「宇宙ってことは、地球まるごと滅亡してるってことなのか?」
「だから宇宙だってば。地球も月も太陽も他の星も他の銀河もまるごと」
「なあ、俺にもそれ、見せてもらうのってダメか?」
「何言ってんの? そんな危険なこと許すわけないじゃない」
「信じてないわけじゃない。俺がこの能力を持っているくらいだから、須垣の言うことを頭ごなしに否定するつもりはない。でも自分で、この目で見たいんだ。裂いて分かれた向こう側の宇宙が、どうなっているのか」
「いいわ」
「ちょっと、シャルってば。危険だよ!」
「何だったら手を後ろで縛ってくれてもいい」
「そんなの能力を使えば、縛られる直前まで戻ってから縛られなかった方の宇宙で逆襲してくるでしょ?」
「しない。約束する。おま……君らを危険な目に遭わせたりはしない」
「嘘! 今はそうやって善人の表情作っているけれど、きっとまた邪悪な目つきになって、また……」
須垣は俺が裂いた先の、滅びてない宇宙で酷い俺と散々遭ってきたのだろうか。
「でも、俺は殺されるんだろ? 自分が死ぬ理由を、納得ぐらいさせてくれよ」
「メイ。私は信じるわ。この凱夫のことは」
「でもシャル……」
シャルロットを見つめる須垣の表情が突然変わった。
「シャル! 来るよ! 宇宙が歪」
須垣が言い切るより早く、その歪みとやらは俺の目の前の空間に現れた。
ちょうどシャルロットの恐らくへそがあるであろう高さ、そこに横一文字に、歪むというよりもそこを境に上下の空間が別々に振動するみたいに。
「おい」
その先の問いかけを発する前に、シャルロットと須垣の上半身だけがゆっくりと倒れて地面に落ちた。
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