第86話 未来
「――さあ、何が欲しい?」
王太后の部屋に招かれ、美しい笑顔を向けられ、ルナはゆっくりと瞬きをする。
答えはもう決まっている。
「以後十年安定して生活できる程度の資産。
それから、自由。」
地位も名誉もいらない。
今ルナがそれを得られるとしても、王族だから得られたものしかない。
でもそんなものに価値はない。
それを利用して生きるのはここで終わりにする。
「十年!?それは少なくないかしら。あなた、自分がどれだけのものを持っているかわかっているの?」
「廃嫡された際に頂いた手当金がそのまま残っているのと、五年間コツコツ貯めてきた分があるので、金には困っていないんです。」
「一生働かずに暮らせる程度の資産くらい渡せるのよ?」
「それなら、社会で困っている人のために使ったほうが有用でしょう。私は教養があって仕事のできる人間なので、十年も猶予があれば生活は整えられます。」
「そう……あなたも変わっているわね。贅沢を望まないなんて」
どうだか。
人間というのは、元からあるものには執着しないものだ。金の価値など人によって異なる。
もちろん多くあって困るものではないが、無理に掻き集めるほどでもない。
「それで……自由、ですって?」
「ええ。具体的には、国の最高権力者の座をあなたに。」
本当なら、サンズが成人して、王になるに十分な状態になってから引き継ぐ方が、国にとっては最善なのだが。
「細かい体制は任せます。あなたが女王になるでもいいし、正式な王はサンズにして政治はあなたが仕切るでもいいし。
何にせよ、私は早く王の座を退きたい」
個人的には、どちらかと言うと後者のほうがいいだろうと思っている。
女神の力は彼女には継げない。宗教国家の王国という国体を維持するには、サンズが王として立てられている必要がある。
「……あなたは、何を急いでいるのかしら」
ポツリと、王太后は呟いた。
「確かに肩書は窮屈かもしれない。ある程度望み通りに国が整えば不必要なものなのかもしれない。
けれど、そんなに慌てて手放して、あなたは何がしたいの?」
他国へ出た後のビジョンは、今は明確にはない。ゆっくり探す気でいた。
でも、例えばやりたいことが見つかったとして、それが死ぬまでに叶えられるかどうかはわからない。
だって、人生にはいつか終わりが来るから。
どれだけ全速力で走っても、時間は足りないし間に合わない時は間に合わない。
時間はあるに越したことはない。
「まだ見ぬ夢を叶えます。僅かな時間でも留まっている暇はない」
国を出て自由になって終わりではない。
命が燃ゆる限り、やりたいことを尽くす。そのための手間暇は惜しまない。
「……そう。素敵ね。
わかったわ、では近いうちに儀式を開きましょう。サンズに力の継承を。」
「承りました。」
部屋を去ろうとすると、王太后はルナを引き止めて言った。
「あなたに女神ルクスの御加護がありますように。」
王国において、相手の幸福を願う決まり文句。
――ああ、わかってるな、この人は。
「ありがとうございます」
ルナは微笑んで部屋を後にした。
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