第81話 魔の侵攻

 ――レイが一向に目を覚まさない。


 五日間。

 ハンクは、レイの宿舎の部屋に入り浸って、番人をしていた。

 食事や野暮用以外は極力傍にいて、眠るレイに水を飲ませたり、包帯を替えたりした。


 見舞いも来た。


 カイベルスパの同室組は、部屋に戻るたびに、仕切りの向こうから心配そうに顔を覗かせた。


 ダウン団長も、パウル副団長も来た。それぞれ、レイの好きな菓子やつまみを置いていった。


 他にも、仲の良い使用人だとか、先輩後輩同期含めて、何件か。


「いい加減起きろよーみんな待ってるぞー」


 返事はない。


 昏昏と眠るレイを見ていると、本当に生きているのか不安になってくる。

 息はしているようだが、頭を撫でても頬を抓っても何の反応もない。


 一生このままだったらどうしようなんて考えては、不謹慎だと首を振って、じっと待つだけ。


 そんな空疎な日々を過ごして五日。

 ようやく、変化があった。


 レイに、ではない。

 ルートが来た。



「寝込んでたんだ」


 盗賊のごとくコソコソと部屋に忍び込んできたルートは、開口一番にそう言った。


「塔に戻った朝、疲労がひどくて眠りに落ちて、目を覚ましたのが二日後。

それでも倦怠感がひどくて、何より傷を負った右手が酷い痛みで、腕すらも動かせない始末。

ずっと寝たまま生活しながら、傷の解明をしていたんだけど」


 確かに、五日ぶりに見たルートは少し痩せて見えた。食事もまともに取れていなかったのだろう。


「君、魔物食べたことある?」

「は??ない、ですけど」

「ふ、そうだろうね。食べたら普通に腹を壊す」


 そもそも、魔物の素材は保存に向かない。

 倒したら時間が経たないうちに肉体は自然に還る。

 大型魔獣でも大体三日、小さな下級魔獣だと数時間程度でもう跡形もなくなってしまう。


 倒した直後の新鮮な肉体を使って薬を作ることはあるようだ。

 その効能はかなり高いらしいが、このような分解されやすい特性上、鮮度が長く持たないため、一般的にはあまり使われていない。


「あれの何が駄目って、腐っているからでも胃酸が分解できないからでもなくて。

魔物の持つの力が人を侵食するから。

人体は自身を侵食するを受け止めることが出来るほど強くない。」


 つまりは風邪や伝染病と同じ仕組みってわけだ。

 体内に異物が混入して、身体が排除しようとするがために、熱や痛みや倦怠感が発生する。


「要は、それと同じことが傷口で起こった。魔王の使った武器はを纒っていて、怪我を負った際にそれが傷口から入り込み、数日間も眠ってしまうほどの異変や、猛烈な痛みを起こした。」

「んーと、いまいちピンとこねえんだけど、っていうのは、そういう、邪気的な何かだと思っておけばいい?」

「邪気……うん、そんな感じかな。実体はないけど存在はしている、光に相反する存在、とでも思っておけばいいよ」


 なるほど。


「え、それ、大丈夫なんすか」

「僕は大したことなかったけど、魔の耐性には個人差があるし、レイに関しては頭をやられてるからね。

だから今日、怠い身体持ち上げてわざわざ城まで様子見に来たんだよ」


 ルートのこういうところが好きだ。

 こうやってグチグチ言いつつもなんだかんだ弟子のために駆けつけてくれる。

 ちゃんと人間らしいところが良い。


「まだ、一度も目を覚ましてないんすよ。

医師曰く、傷よりも頭を強く打たれたことの方が堪えてるんじゃないかと。」

「そうだね。見た感じ、魔の侵食はあまり深くないようだけど……きっと、レイもレイで今もまだ体内で戦ってるんだろうね」


 そうか。

 レイの中で、まだ戦いは終わっていないのか。


「早く起きろー、イオくんはもう自由になったぞー」


 レイの頬を抓る。


 返事はない。

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