第80話 報い

 ベッドに横たわっていたウェヌムは、医務室に入ってきた二人を見ると、その小難しい顔をますます厳しくした。


「……私の処遇は決まりましたか?」

「いえ、まだ。これから決めます」


 近くにあった椅子に腰掛けて、ハレナにも適当に腰を下ろすよう伝える。


 ウェヌムはただじっと天井を睨んでいる。


「……正直私は、あなたを利用できると過信していました」


 この話に隠された深い意味はない。

 ただ、今しかない、と思った。


「あなたがマグナと一定の信頼関係を築いてくれることを期待して、条約締結という美味しいところだけこちらで攫ってしまおうと考えていました。

結果、私は父を失い、戦争が始まってしまったわけですが。」


 実際は、対等条約を締結する意思など端からなく、あなたとマグナの間にあるのは信頼ではなく利害関係だったわけだ。


「あなたも、同じように考えたのではないですか?

あなたはマーチェンプトを利用しようとした。しかしマーチェンプトは思い通りに動いてくれず、結果あなたは今怪我で身動きもできずにいる。

違いますか?」

 

 山で対話したほんの僅かな時間が、ルナに新たな発見を与えた。


 この人は、自分の同類なのだと。


 これだけ長く付き合ってきてようやくわかった。


「……ルナ様が何を想像なさっているのかは知りませんが。

私の誤りにマーチェンプトの意思など関係ない」


 へえ、それは意外だ。

 物事を計画するにあたっていちばん自由に左右できないのは人の意思だろう。

 てっきりその操作誘導を失敗したのかと。


「有望なあなたのお陰で、こちらは人材集めに苦労させられたのですよ。

最終的には自らが戦地に赴かなければならないほどに。」


 ああ、なるほど。

 砂漠の民はみんなこちら側についてしまったから。


「それでも、マーチェンプトには魔力を渡していましたよね」

「あれはただの保険です。結局は自分でやったほうが手っ取り早い。

ですのでご安心ください、彼には微量を貸し付けたのみですぐ使えなくなります」


 質問しようと思っていたことも先回りして答えてくれた。


 確信する。

 敵に回すと厄介な彼も、仲間にするとどれだけ心強いことか。


「ウェヌム、知恵を貸してください。

どうすれば、この戦争をこれ以上波風立てずに終結させられるでしょうか」


 この問いに、ウェヌムは鼻で嗤って返した。


「敵方の被害をマーチェンプトのみに抑える、が最も波風を立てないかと」

「そう、ですよね……。」

「ルナ様のことですから、武力は駆使したくないと仰るのでしょう?」


 よくわかっていらっしゃる。


「実際、そんな余裕もないですし」

「あら、そうでしょうか?」


 と、ハレナが乱入。


「砂漠の民は全く被害を受けていませんし、遠慮なく使っていただいて構いませんよ」

「え、でも、砂漠の方に湧いた魔獣たちの対処もあるのでは」

「ご心配なく。山麓を奪取するための軍を構成した時点で、そちらへの配慮は済ませてあります」


 じゃあ、いい――のだろうか。

 魔術を使える民と共に攻め入るとなれば、あまりにもこちらに有利すぎる。むしろマグナがかわいそうなほどに。


「陛下。ソルアラに宣戦布告をしたことがマグナの過失であったことを示さねば。」

「ルナ様。戦争において情けを抱くと足元を掬われますよ」


 二人に挟まれてこうも言われてしまうと仕方がない。


「わかりました。それで、議会に掛け合ってみます」

「大丈夫ですよ、今回はきっとスムーズに進みます」


 今回は、ということは前回は白熱したのだろうな、と皮肉交じりのハレナの口調から察する。


 ウェヌムという強敵がいなくなればだいぶ事も進めやすいのは間違いない。


「ところであなたの処遇についてですが。

こちらとしてはあまり軽く出来ないので、覚えておいてください」


 今は無力化しているため比較的穏やかな気持ちで話ができたが、本来この人は、忠君を誓うべき国王に――自分に、ナイフを向けた相手なのだ。


 仮にルナが見過ごすことが出来ても、王の体裁や、そして国の今後のためを思うと、ある程度の罰は与えねばならない。


「ええ。承知しておりますとも」


 ウェヌムが自嘲気味に微笑んだのを確認して、ルナは医務室を去った。


 ――戦争において情けを抱くと足元を掬われる。


 彼の教訓を胸に刻む。

 このあとはきっと、彼の処罰も含めた後始末が増えるだろうから。

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