第82話 知恵比べの勝敗

 砂漠の民は仕事が早かった。


 それもそのはず、魔術という快速移動手段があって、距離のある仲間とも連絡を取れる伝達手段があって、魔術なしでは到底太刀打ちできない攻防手段があって、大して疲弊もしていない。

 これで負けろという方が無理がある。


 魔王を倒した次の日、議会で砂漠の民の起用が決まってから、一日で支度を済ませ、進軍開始。


 その日のうちに山を取り戻し、その翌日には相手国側の山麓を占拠。


 その更に翌日、あまりの手早さに圧倒されたのか、マグナに属する、南側の小国がソルアラに降伏した。


 更に一日後。

 進軍を始めてから、僅か四日。

 砂漠の民は、マグナの中枢に辿り着いた。



「――楽しいかい?弱いものいじめは。」


 議事堂の奥の奥、高い階にあるその部屋の、窓の前に追い詰められたマーチェンプトが、薄ら笑いを浮かべながら敵たちを見回す。


「楽しくてやっているわけではないので。」

「だったらよ、取引しねえか?命さえ助けてくれれば、俺も対等条約に署名するからさ」

「いえ。ソルアラ国王は、あなたの死を命令なさいました。砂漠の民はその命に従います」


 マーチェンプトは母国語で何か――おそらく暴言だろう――を吐き捨て、更に後退する。


 彼の背後には土砂降りの雨。

 今、暗雲に稲妻が走る。数秒経って、雷鳴が轟いた。


「それじゃあ、その国王さんへ、最期に遺言を頼む。」


 ギラギラと光る目で、彼はソルアラの忠臣たちを睨んだ。




「――俺はお前の知能を認めるが、お前はマグナの民に嫌われている。精々苦労するんだな、と。」


 砂漠の警備隊から伝達を受けて、ルナは思わず鼻で笑ってしまった。


 何が「お前の知能を認める」だよ、と。

 潔さの欠片もなく、最期まで自分可愛さに溺れていたくせに。


 残念だったな、こっちはもう長く留まるつもりはないんだ。


「本当に死体はそのままにしますが、よろしいのですか?」

「はい。別に、恨みがあって殺したわけでもないので。」


 刺されたウェヌムを見殺しにするような男だ、捕虜にしても利用価値はないと判断した。

 だから、手っ取り早く勝利の旗を掲げるためにこうした。それだけだ。


「明日あたり、マグナの外務卿がそちらに向かいます。書類等をご用意ください」

「わかりました、ご報告ありがとうございます」


 準備は着々と進んでいる。


 魔獣もまだ平原のあちこちに蔓延っているし、戦争の復興にはしばらく時間がかかるだろう。


 でも、ひとつずつこなせば、必ず乗り越えられる。

 きっと大丈夫。

 きっと……。

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