第73話 始動

 山の麓に設置した仮設テントで、四人は顔を寄せ合う。


 レイから事のあらましを聞いたルートは、その腿に刺さった矢を見て、呆れたように息をついた。


「君は感情的にはならないけど、必ずしも理性的ではないよね」


 褒められていないことはわかる。


 むしろあの時は、感情的だったのだと思う。

 それを自覚して、無理に抑えつける方に意識が向いてしまったから、理性が正しく働かなかった。


「マーチェンプトに、怪我くらい負わせておくべきでしたか?」

「僕ならそうする。ウェヌムか誰かから魔力まで貰って暴力的手段に出たあいつらが、今更引き返せるはずがないでしょ」

「……すみません」

「いや、謝ることではないけど……。」


 ルートは顰め面で無造作に頭を掻いて、後ろを振り返る。


「で、どうします、陛下。」


 先程から、篝火の前に座り込んでじっと考え込むルナ。

 赤い光を反射したその瞳がこちらを向く。


「魔王の輪廻断絶を優先します」


 視線を上に向ける。

 魔界に行ったらこんな場所なのだろうか、空が真っ赤だ。なんとなく空気が薄く息苦しい感じもする。


「魔王のことを解決できれば、王家、或いは女神の神格性を証明できる。ウェヌムの裏切りも発覚して乱れてる国内情勢を整えないと」

「城には戻りませんか?」

「このまま行きます。もう、時間がない」


 平原中に魔獣が蔓延っている。空にポツポツと見える黒い斑点は、飛行する魔鳥の群れだ。

 既に、マグナ側にも魔獣が流れ出している。本来なら戦争どころではない事態だ。


「不都合はありますか、ハレナ様」


 砂漠の族長は、名を呼ばれてゆっくりと首を振った。


「陛下の仰せのままに。」

「わかった。じゃあ、三人とも、こちらに」


 一同が集まる。ルナは立ち上がって、右手をかざした。


 ポワァと温かな光が零れてきて三つに分かれ、各々の中に溶けるように入っていった。

 魔力が回復するのを感じる。強い力がみなぎってくる。


「君たちに、女神の加護を一部授けた。これを使って、魔の扉を閉めてきて欲しい。俺は、教会で女神を呼び起こしてくる。」

「一人でですか?」

「扉の一つは教会のそばにあるでしょ。その人と一緒に行く。どっちが来る?」


 砂漠の扉は問答無用で、ハレナが閉めるが最適だろう。

 残り二つ。教会のそばと、南西の村近く。

 レイか、ルートか。


「レイ、教会に行って」


 ルートが先に口を開いた。

 てっきり自分が南西に行くと思っていたレイは、意表を突かれて、え、と声を漏らす。


「陛下を守るには、万全じゃない私では危険では」

「魔王は、南の方で復活した。あっちの方が湧いてる魔獣の数が多い。怪我人が一人で行くべきところじゃない。それに、」


 言葉が途切れ、彼は後ろを向く。

 足音が聞こえる。

 釣られて振り返ると、見知った顔が近付いてきていた。


「ハンク!?」


 いちばんに驚いた反応を見せたのはルナだった。

 三人の間をすり抜けて、走りくる自身の護衛騎士の元へ。


「怪我の具合は、」

「大した事ないですよ。砂漠の民の人に軽く傷を塞いでもらえました」

「でも、右肩が……」

「陛下、一つ朗報です。

俺、元々左利きなんすよ」


 彼の右腰には、山で救出したときには持っていなかった剣が備わっている。


「俺も一緒に戦う。今帰っても仲間に合わせる顔がねえし、怪我してても十分戦える」


 ハンクは、拳を作ってニッと快活に笑って見せる。


「レイ一人、ハンク一人じゃ心許ないけど、二人なら大丈夫でしょ」


 隣で、ルートが微笑んでレイの顔を覗き込む。


 本音を言えば、ハンクはもう戦場に立たせたくない。


 山で彼を見つけた時、悲惨な姿にこちらまで心を痛めつけられたのだ。

 もうあんな思いはしたくない。


 それに。たとえ利き肩じゃなくても、傷を負っていると思っている以上に疲弊する。ほんの一ヶ月前に同じ経験をしたからわかる。


 でも、止めても彼は戦うだろう。実際、レイだって人のことは言えない身。

 だったら、万全じゃない者同士、手を取り合ってしまえばいい。


「ハンク。無理はしないでね」

「お前もな。」


 ハンクは作った拳をこちらに差し出してきた。

 彼のそういうところには救われてばかりだ。

 レイも拳を握り、その堅いところを彼のにぶつける。


「行きましょう、陛下」


 五人、顔を見合わせ、頷く。


 イオを、助けに行く。

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