第72話 敗北
さっさと帰っておくんだった。
砂漠の突撃隊たちが捕虜となっていた山の老人たちを助けたかを確認しに、レイは集落内を走った。
それがいけなかった。
ひゅん、と矢が飛んでくる。レイはそれを躱して、振り返る。
長身でずんぐりむっくりの、マグナ男性。弓を持ってはいるが、兵士ではないようだ。
「ソルアラの騎士たちは主一人守れねえのか」
随分流暢にソルアラの言葉を使う。
先に違和感が駆け抜けた。次に理性がその正体を掘り出した。
まさか。
マーチェンプト・ウビ。
軍人出身の、マグナの首相。
「かの宰相は知らねえ輩に刺されて倒れた。護衛につけてた騎士は手出しも出来なかったとさ。なんて意味のない護衛だ」
そもそもルートに太刀打ちできる騎士なんてほぼいないとみて良い。
まして、ウェヌムはウェヌムで選べる騎士は限られていただろうから。
騎士のせいではない。
反論しようかと思ったが、敵国人にどう思われようが困ることはないので黙っておく。
するとマーチェンプトは何かに気付いたようでこちらをまじまじとみてくる。
「お前、女だな?」
また馬鹿にされるのだろうな。
呆れると同時に内心ほくそ笑んだ。
いいぞ侮れ。見下せ。
そちらが舐めてくれればくれるほど、隙は多く生じる。
だが次に紡がれたのは予想外の言葉だった。
「てことは、お前が”魔女”か?」
頭から抜け落ちていた。レイのことは敵国に知れ渡っているんだった。
騎士団で女と言ったらひとりしかいないのだから、正体も割れて当然だ。
「そうですよ」
「名前は?」
「秘密です」
「ふーん?そうか?ちなみに俺は、お前がルナ国王と親密な関わりがあることを知っているんだが、まだ隠しごとをするか?」
いやな問答だ。
迂闊に口も開けられず、黙ると主導権を持っていかれる。
動揺するな。軸を保て。
「すみません、急いでいるので、二つだけお伝えしておきます」
「堅いこと言うなよ。ソルアラの有名人に会えて俺は喜んでいるんだ」
「一つ目。あなた方に取られた人質は既にこちらの手に渡っています。ついでに、ウェヌム宰相も怪我を負った。状況はこちらに傾いていることをお忘れなく。」
一番の目的であったルナは誘拐したと、先程ルートから伝達が入った。
ハンクも既に山にはいない。
山の民の捕虜に関しては半分賭けだったが、ここでやらかす砂漠の民ではないと信じる。
「だからどうした。敵国の騎士と会話しちゃいけない理由なんてないぞ?」
「二つ目。その気になれば私はあなたを斬ることができることをお忘れなく。」
いくらマーチェンプトが軍人出身であろうと、現役の騎士、しかも魔術を持つレイが不利を取るとは思えない。
たとえ虚勢であろうとここで大きく構えておかないと、舐められて喰われる。
「威勢が良いな。可愛い子犬が吠える声は嫌いじゃないぞ」
だって、これだけ牽制しても変わらない、馬鹿にしたような態度。
苛立ちすら覚えるが、感情に任せるわけにはいかない。今は、ルナの方が優先だ。
黙って立ち去ろうとしたその時。
マーチェンプトは腰に下げた矢筒から矢を抜いて、ヒュ、とこちらに投げた。
反射的に足を動かす。
この距離で、しかも腕で投げた矢など、当たるわけがない。
なのに。
左腿の真ん中に矢が刺さった。
「魔女、といってもたかが二十歳かそこらの優しい子犬ちゃんだろ。本当に魔女なら出会ってすぐ俺を殺しに来るさ」
痛い。
足が震えるのをどうにか踏ん張って、立ったままの状態を維持する。
マーチェンプトが近付いてくる。足を引きずって後ずさる。
「状況は、どっちに傾いてるって?お前が、俺を斬れるって?」
精一杯の殺意で睨む。
それしか出来なかった。
「やってみろよ。お前にできるならな。」
明らかな挑発だ、乗ってはいけないとわかっていたけれど。
ここでやっておかないともう再戦は望めない気がして。
レイが剣を構えた、その時。
――早く帰ってこい、とルートから伝達が入った。
だから、仕方なく瞬間移動でその場を去った。
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