第70話 光る刃

 倒した低級魔獣の数はもう覚えてない。ウォーだけでも戦場全体で千匹は超えただろうか。

 ウォー以外の下級魔獣や、中級・上級も加えればもう何がなんだか。


 ドラゴン三体目に傷を刻んだところで、ツキリとレイの肩が痛んだ。

 血は出ていない。傷はとっくに塞がっている。


 ルナはまだ戻らないのか。

 何一つ連絡が入ってこない。


 唯一新しい情報が入ったとすれば、ウェヌムが行方をくらましたということか。

 自分の身を案じてのことだろう。相変わらず狡賢くて嫌になる。


「レイ」


 不意に名前を呼ばれ、首を回すとルートの姿が視界に映った。人目につかないようにしつつ駆け寄る。


「もうすぐ結界が解ける。解けたらすぐ砂漠の民が突撃するだろうから、僕はそれに乗じて人質たちを救出する。」

「私も行きます」


 刺客は一人より二人の方がいい。せっかく砂漠の民がいるのだから、カモフラージュにしてしまうのがいい。

 ルートも同じことを考えたのか、うん、と頷く。


「覚悟はあるね?」

「はい。」


 自分が這い上がる覚悟は出来ている。

 とっくに腹は括った。


「じゃ、行こう」


 少し離れたところで、先程レイが傷をつけたテラドラゴンが倒れた。





「あなたがどれだけ魔術に精通しているかは知りませんが、砂漠の民相手じゃ流石に勝てないでしょう」


 意外なことに、ルナの監視にウェヌムがついた。

 椅子に縛り付けられたルナのそばの机上で、黙って仕事をしている。


 黙ってそれを見ているのもつまらないので、ベラベラと一人喋ることにした。


「じきに結界は解かれる。彼らが来れば私は逃げ出しますよ。」


 返事は来ない。


「人脈って大事ですね。賄賂で繋がった相手なんて、結局もっといい条件さえ示せばコロッと裏切るものだし。信念でこちらを選んでくれる砂漠の民を味方にしておいてよかったです」


 ペンが紙を滑る音だけが部屋に響く。


 どうせ興味はないんだろうな。約束を守らなかった騎士のことなど。

 彼にとってはそれもただの駒でしかない。役に立たないとなれば駒ですらない。


「――ほんの少し過去が違えば、彼らが選んでいたのは、私だったかもしれない」


 そこでようやく、堅く閉ざされていた彼の口が開く。


「この世界には、人が生まれ持つ才能だとか、或いは家柄だとか、そういう、つまらないものがあるでしょう。」


 聞き覚えのある話に、思わず耳を傾ける。

 城にいると常日頃感じる不満。ルナが今頑張る理由。


「悲しきかな、人はそれなくして物事を測ることができないのです。

私とあなたの能力値はおおよそ等しい。生まれ持ったものがあなたは私より多かった。あなたはそれを十分に利用した。それだけのことです。」


 皮肉に響くその言葉は、しかし彼らしからぬ憂いを帯びていた。


「仮に私があなたの立場でも、同じ選択をしたでしょうが。少なくとも恵まれているという自覚は持っておきたいものですね」


 如何にも教育者、といった台詞だ。正論がチクチクと胸を突くが、痛みはまったくなかった。


「しないでしょう。同じ選択なんて」


 いや、砂漠の民に協力は扇ぐだろう。身分を利用して味方につけるだろう。

 それ以前に。


「そもそもそれが必要になる道を選ばないでしょう。あなたなら」


 戦争ではなく言論で解決する選択。同陣営中で仲間取り合戦なんてする必要のない選択。

 その方がよっぽど効率的で合理的だ。ルナならそうする。


 今回は、人前に立って動き始めるのが遅かったのと、ウェヌムの暗躍を知って他に人脈を広げる必要があったからこうした。こうせざるを得なかった。


「確かにそうですね」


 再び口を閉ざす。


 と、ペンの動きが止まった。

 いよいよ訪れた沈黙に、ルナは五感を研ぎ澄ませる。


「ほら。来ましたよ。決断の時です」


 ゆらりと立ち上がった彼の手には、指紋で少し曇った新品同然のナイフが握られている。

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