第64話 独りではない
二月も末。
山麓は死守し続けている。
ハレナとルナが編んだ、魔術を用いての作戦は徹底的に秘匿している。内輪にすら全く情報を与えていないため、まして敵側にとっては対策しようがない。
ソルアラ軍の圧勝。
花畑の村のマグナ兵たちも、挟み撃ちでの山麓の奪還を試みているようだが、平原で騎士団がそれを阻止している。
ダウンは中々に手厳しく、多少乱暴でも誰一人と平原を通さない。
お陰でマグナ側の被害は増幅し続け、今花畑の村に突撃すれば奪還も出来てしまうだろう。
――頃合いか。
状況は、決してこちらに不利ではない。
向こうがまだ手札を隠し持っている可能性は大いにあり得るが、話し合いでの決着を持ちかけられた時点で、既に判決は決まったようなものだった。
筆を執って、しばらく放置していた手紙の返事を綴る。
”マグナ連邦総長 マーチェンプト・ウビ様
知恵比べがしたければ、こちらにいらっしゃってください。
山の集落を会場にしましょう。
お待ちしております。
ソルアラ国王 ルナ・ソルアラ”
血気盛んな相手にこそ、悠々と笑って大人な対応をするのだ。最大限、丁寧に、紳士に。
この手紙が向こうに届くころには三月に入っているだろう。返事を出すと同時に出発し、大急ぎで足を運んだとしても、一週間はかかる。
それでも、向こうはこちらを訪れなければならない。
放っておけば状況はこちらに有利に傾くばかり。
だから一刻も早い決着を望んだ。裏切り者を張り巡らせ、こちらが被害を抑えているのを良いことに矢継ぎ早に村を奪取し、まだ花畑の村も落としていない段階で手紙を寄越した。
その速度は称賛に値するが。
我が騎士団を舐めてもらっちゃ困る。
一時の勢いで簡単に寝返るほど愚かな者たちばかりではない。
「――行くんですか?」
ハンクが背後から軽く覗き込んだ。しかしマグナ語が読めるはずもなく、すぐ下がる。
その様子に少し笑う。
同時に、自分の心に余裕があることに気付く。
彼は自分らの何なんだ。相談役か。医者なのか。
存在に救われているのは間違いない。
ストレスフルな状況下で、彼がいることで気持ちが前を向く。彼だけは守ろうという決意も、彼に守られているという安心感も、心を健康に保つには十分な材料だ。
「ちょっと登山しよっか。」
前回ほどサクサクとは登れまい。それでも構わない。
決着をつける。
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