第61話 舵を取る

”ルナ・ソルアラ国王陛下へ

マグナの議事堂で知恵比べをしようじゃないか。

マグナ連邦総長 マーチェンプト・ウビより”



 二月上旬。

 どれだけ頑張って丁寧に訳しても、挑発にしか読み取れない手紙が届いた。


 先方は、決着を急いでいる。

 魔王戦が始まれば、状況が一変することを知っている。むしろ、自分たちが不利になる方に。


 当初は理想通りであっただろう。山はあっという間に落ちた。山麓もそう時間はかからなかった。

 だが、平原で行き止まり、花畑の村で行き止まり、恐らく向こうも焦っている。


 一番いいのは、無視だ。

 こちらは別に、わざわざ頑張って勝とうとしなくても良いのだ。均衡を維持できる程度の実力はうちにもあるし、時間が経ちその時が来れば、自ずとなるようになる。


 そう城の幹部に説明した、翌々日のことだった。


「――陛下!!報告です!」


 会議の最中に騒々しく入ってきた伝令兵は、切羽詰まった顔をしていて、ただ事ではないことが見て取れた。


「どうした?」

「エン副団長が…戦死しました……花畑の村、陥落です」


 頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。

 目まぐるしく思考が駆け巡り、ぐちゃぐちゃのままどうにか言葉を絞り出す。


「他の騎士たちは?まさかまだ村で戦ってる?」

「いえ、撤退しているはずです。」

「わかった、それでいい。」


 団長がその兵に戦況を詳しく尋ねたが、ルナはそれを聞き取っている余裕もなく思考の海に沈んだ。


 エンが、戦死。

 裏切り陣営筆頭、レイが特に説得に努めていた彼が。

 どうして。前線には出ないところに配置していたし、仮に敵が抜けてきても対応できるくらいの腕はあるはずだ。


 最初に思い浮かんだのは、他の仲間の裏切りだった。

 次に浮かんだのは、自死だった。

 だがどちらも可能性は低い。花畑の村には、信用できるうらぎらない側の騎士を多く送った。エンの身に何かあっても、誰かしら阻止しているだろう。


「――陛下、ご質問等ございますか」


 ダウンの声で我に返る。その場にある目が全てこちらを向いている。


「いや、問題ない。報告ご苦労。下がってくれ」


 エンに何が起こったのか。事実を知るのは後でいい。早急な判断が必要だ。プランを変えなきゃならない。


「均衡が崩れましたが、どうなさるつもりですか」


 ウェヌムが口を開く。

 あれもこれもこの人の掌の上なのだろうか。せめて内心焦っていてくれれば良いのだが。


「予定変更です。山麓を奪還しましょう。」


 ただし、奪還できない・してもすぐ陥落するようでは意味がない。一本太い線を介入させ、山側と国の内側を分断させる。


「砂漠の民を投入します」


 マグナ相手には間違いなく強力なカード。

 いくら文明の利器が発展していようと、魔術――しかもそのスペシャリストの集いにはそう太刀打ちできまい。


「族長ハレナ様には事前に話をつけてあります。一声かければ直ちに対応してくださるでしょう」

「ここでソルアラの騎士を投入しない理由は?」

「いくらかは送りますよ。ただ、強固で確実に山麓を取り、守る必要がある。砂漠の民はそれができる術を持つ」


 ハレナに貰った使用可能の魔術リストに、「結界を張る」だとか、結界じゃなくても「壁を生み出す」だとか、防衛に適したものがあったと記憶している。


 攻撃の方は言わずもがな、トリッキーでかつ堅い。砂漠の警備隊だって伊達じゃない。ソルアラの騎士団と合流すればどれだけ心強いことだろうか。


「エン副団長のことは心の底から残念でなりません。でも、立ち止まっている暇はない。前に立つ者だけでも、舵を切らなければ。」


 じゃなきゃ誰がこの国を守るというのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る