第59話 陽光

「やあ」


 街の喧騒に紛れて、もはや聞き慣れた声がレイの耳に届く。


「ルートさん。来ていたんですね」

「国王陛下の演説ときいてね」


 彼がいてくれるなら警備の面ではかなり安心出来る。かといって気を抜けるわけではないけれど。


 城門の上で、赤い髪が日光を受け透き通っている。ここからでは、彼の表情は影になっていて見えない。


 民衆が煩い。

 耳につくのは批判の声ばかりだ。





 伝えたい言葉は見つからない。

 何が正解?どうしたら効果的?

 思考が前に進まない。


 ルナは、指を絡め組んで強く握る。


 両手で顔を覆ってしまいたくて仕方がない。目を塞いで口を隠して、そのまましゃがみ込んでしまえば意識も途絶えてしまうだろう。


 どうしよう。

 いや言っている場合か。

 民はすぐそこで待っているのに。

 振り返って向き合うことができない。


 足が竦む。



 ――とそこへ、小さな赤い頭がルナの脇を通り抜けて、民の前に立った。



 予想外の乱入者にざわめきがピタリと止む。

 彼が――サンズ王子が、何と言葉を発するのか。

 息を凝らして、耳を澄ませて、じっと見守っていた。


「――皆さんは、ルナ陛下がどれだけ賢いお方であるか、知っていますか?」


 原稿も持たずに、まだ声変わり前の幼い声で、朗々と語りかける。



「陛下はマグナ語を話すことが出来ます。私もよく教えていただいています。


陛下は予算の見積もりも行っています。財務大臣がよく部屋を訪れて夜まで話し合っているのを見かけます。


陛下は軍事の配備にも関わっています。細かいところは騎士団長が決めているようですが、軍の動きなども全て把握しているそうです。


それに加えて、陛下は、魔王封印の用意も進めています。教会に赴いたり、魔王の生まれ変わりに会いに行ったりと、即位前から手配を進めておられました。


陛下を信頼できないと言うのなら、私が陛下の魅力をいくらでも教えます。

どうか、私たちを信じてください。」



 ああそうか、と。


 伝えたい言葉は見つからない。

 どう伝えればより効果的に人を扇動できるのか。わかったもんじゃない。


 ただ、独りではない。


 寝不足の目を瞬きで潤す。

 息を吸って吐く。

 最後に、表情筋を持ち上げる。


 日陰から出て、そっとサンズの背後に近付いた。その華奢な肩に手を置き、ルナは民衆へと声を張り上げる。



「まずは、皆に感謝を述べたい。

ここまでこのソルアラが存続できているのは、決して私の力によるものではない。


騎士たちが勇敢に戦ってくれているから。

使用人たちが、城を過ごしやすく保ってくれているから。

城の官たちが、私の出来ない細やかな仕事まで熟してくれているから。

そして、民たちがこれまで、未熟な私に黙ってついてきてくれたからだ。

皆のおかげだ、本当に感謝している。


私が、信頼に足らぬ王であることは認めよう。

しかし。

仮にも私がいなければ、この国はとっくにマグナ連邦のものとなっていたことを忘れるな。

仮にも私がいなくなれば、魔王封印のために、この健気で未来あるサンズが身の危険に晒されることを忘れるな。


もしも、サンズの訴えと私の声を聞いても尚、私と違う道を目指すと言うなら、知恵比べでもしようじゃないか。

私のことは、刺し殺すよりもこき使う方が有用だぞ。


いいか。

目指すは、祖国ソルアラの平安だ。

私についてこい。


以上!」


 おおお、と歓声が上がる。嵐のような拍手が一帯を包む。

 その熱量に圧倒されて、ルナの目が少しだけ眩んだ。


 ほんの少しだけだ。

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