第58話 体裁

 確実に何かを間違えた。


 財務大臣の去った静寂の中、ルナは頭を抱える。


 彼女が浮かべたあの顔には見覚えがあった。

 城の廊下などで窓に映る姿をよく見る。


 そう。


 ルナがいつも浮かべる微笑み。

 透明な壁を張り自己を防衛するための表情。

 それを、レイが、自分に向けて作った。ルナが、作らせた。


「――何を間違えた?」


 ポツリと呟く。


「…柄にもないこと言うから」


 背後から返答が届く。


「柄にもないって?」

「あなたは自信持って胸張ってるべきだったってことです。

確かにアイツはわかりにくい性格してるけど、信頼置いてる陛下相手に、こうしたいって要望くらいは言いますよ。」


 彼女の理解者はそう答えを出した。


 でも。じゃあ。

 前だけ見て歩けとでも言うのか。後ろについてくる足音に必死に耳を澄ませながら。


「俺は、肩を並べて歩きたいんだよ」

「じゃあそう言えばいいじゃないですか」

「出来ると思う?」


 ルナは、権力なんかは生まれたときから持ち合わせていたけれど、道筋というのは常に決まっていた。

 対して、多くを持っていなかった彼女の方が未来に融通がきく。広い可能性を持っている。


 根本が違う。

 トロッコのレールを必死に切り替えながら進むルナと、その横をただその身で走るレイとでは。


 ああいやだ。これだからいやだ。


 こう唸っている間にもハンクはルナの胸の奥を突いてくる。


「実現できるか、させるかどうかはまた別。まずは気持ち伝えないと始まんないですよ」


 そう…かもしれないが。

 出来ないことをやりたいと唱えたって、虚しくなるだけじゃないか。


「あなたたち、考えすぎなんですよ。こんなときこそ先入観捨てて、馬鹿になってごらんよ」

「やだよ」


 もちろん、馬鹿になれたらどれだけ楽になれるだろうとか、考えたことはあるけれど。

 自分の信念として、思慮深く在りたい。馬鹿なフリはしても、馬鹿にはなりたくない。


 そもそも、今更なれないと思う。これまで二十年弱――物心ついてからだと十七年とかそこらだろうが――賢く育てられ生きてきた。ある種の癖のようなものだ。


「じれったいなー」とハンクがぼやいているが、それが自分の生き方なのだから、仕方がない。


「ま、その程度ってことですかね」


 その言葉は少々深く胸に刺さった。


 周りなんて顧みず、自分の望みだけ見て進んでいられればどれだけ良かっただろう。

 人が関わると途端にスピードを緩めざるを得なくなる。ペースを合わせに行かなきゃならなくなる。自己中心的ではいられない。


 ルナは、それが幸せなことだと知っている。

 孤独ではないことが。誰かの心情について考えている時間が。


 ただ、どうしたってもどかしい。

 理論だけじゃうまくいかないから難しい。

 難しいから、理論に逃げたくなる。考えれば正解の導き出せる方へと。


「……心の底からの想いだよ」


 なんて説得力のない。




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