第53話 灯火

 魔術の中で最も実用的なのはやはり、ワープと呼ばれる瞬間移動魔法だろう。

 実はこれまでの戦闘でも何度か使った。相手の攻撃を躱す時や、立ち位置を有利な場所に運びたい時に。あたかも自力で移動したかのように、僅かな距離だけ移動する。


 ずるい、と言われても構わない。

 レイがこの術を習得したのは努力の結果によるものだし、これは生死に関わる戦いなのだから。守るべきものを守る手段を手に入れたまで。


 さて、忽然と消えたようにみせかけて弓兵たちの背後に降り立ったレイは、足音を殺して平原を駆けた。


 遠く、ただひとつ、機械的に瞬く信号。

 不意にそれが揺らめきながら大きくなっていき、段々と人の影を作り成す。


 立ち止まる。

 人の影は明確な形となって、鎧をまとった大柄な男を映し出した。


「✕✕✕✕✕✕」


 残念ながら、目の前の大男が発した言葉をレイは理解することが出来なかった。


 最低限のマグナ語くらいは教わっておくべきだったか。

 一瞬そんなことを思ったけれど、どうやらその必要はなさそうだった。


「だれ、あなた?」


 カタコトのソルアラ語が、少しの滑稽さを交えてレイの脳に言葉を並べる。

 誰、貴方。


「秘密」


 そう笑って、人差し指を口元で立てて見せる。

 著名人にはなりたくない。かといって偽名を使うほどのことじゃない。

 だからここは、あえて名乗らないことにした。


 少し怪訝そうに首を傾げた相手は、こちらを指差し、そして自身の首を、横向きの直線を引くようになぞった。


「あなた、ころす、わたし?」


 ――それで、未だに揺れていたレイの心が、さざ波のように落ち着いた。


「はい。」


 私は、貴方を、殺す。


 名も知らぬ大将は持っていた剣と盾を構える。

 でも遅い。ルートならこの隙にもう間合いを詰めてこちらの態勢を崩すくらいしている。


 腕は悪くない。盾のせいもあって守りが堅い。背後に回ろうとしたが流石に見切られた。

 ソルアラの騎士団は身軽な戦いをする者が多い。慣れないしてだが、冷静にやれば対処は難しくないはずだ。


 一旦後ろに下がって、ふう、と息を吐く。


 既に向こうの兵士はレイがすり抜けたことに気付いて向かってきている。

 帰りの足のために魔力は温存しておきたい。

 だから、可及的速やかに、かつ自力で。


 レイは、懐へ駆け込む。当然、カウンターで振り返される。

 それは受け流して、追撃を待って前足に力を込める。

 案の定突き出た二発目は弾くと見せて避けて、跳んで、伸びた腕を踏み台にして、更に跳ぶ。

 腕を踏みつけられて姿勢が低くなった彼の頭を越えながら、兜を弾き飛ばした。無造作な髪が顕わになる。

 背後に着地。そして。


 レイは、脳天に剣を突き刺した。


 ず、と剣を抜く。嫌な感触。

 崩れ落ちた図体はピクリとも動かない。ただ、彼の懐につけられたランタンだけがチカチカと光り続けている。

 強い匂いに吐き気を覚えるが、持ち堪える。


 まずは、撤退。

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