第49話 舞台

「なんか今日、訓練場騒がしくないすか」


 ルナが振り返ると、ハンクが窓の外を見ていた。


「気になる?」

「…いや、お気になさらず。仕事、まだたくさんあるでしょ」


 ハンクは、嘘が下手だ。


「じゃ、見に行くか」

「え、う、すんません」


 いいんだ。むしろそういうところが好ましい。 

 今夜は徹夜になるかもしれないが、常にルナに付き添ってくれているハンクのためだ、惜しくもない。


 それに、モテ期が来たとかいう彼女の顔も見ておきたかった。


 訓練場が見下ろせる渡り廊下に来てみると、複数の城の使用人が溜まっていた。

 思わぬ王の登場に慌てふためいていたが、気にしないで、と笑っておいた。仕事を抜け出して来たのはお互い様なのだから。


「賑やかだね。何かやっているの?」

「ええと、対戦を行っているようなのですが、多数対一で戦っているらしくて…」


 一角で、騎士たちが挙って囃し立てている。

 その奥から、剣の交わる音が響いてくる。


「え、嘘だろ」


 ハンクが身を乗り出して目を凝らす。ルナもまた、そこから目を離せずにいた。


 壇上で一人戦っているのは、間違いない、噂の彼女――レイだ。

 モテ期って本当だったのか。これまた、どうして。


 いや、そんなことよりも。


「はは、強ぇ」


 対戦相手は、なかなかの強者揃いだ。

 中には副騎士団長エンもいた。

 怪我で療養中のダウン団長に代わって騎士団を統括している、若き実力者であるはずなのに。彼を含めて数人がかりでも引けを取らない。


 微かに笑みを浮かべるレイは、彼らを弄んでいるようにすら見えた。




 ――手加減ができるようになりたかったな。


 結局、勝負がつくまで二手しかかからなかった。

 一手目は、間合いを詰めフェイントをかけて突き。

 それを弾いて繰り出された反撃を避けて、二手目で真っ直ぐに首を狙う。

 これで、おしまい。


 本当はもっとゆっくり戦って注目を集めてから最後に華麗に勝ってやろうと思っていたのだが。

 勝てないよりはいいと思って決め打ちした。


 そしたら思いの外あっさりと決着がついてしまった。


「…負けました」


 この潔さはエンの宝だろう。

 とても素晴らしいけれど、これじゃ都合が悪い。


 なので、少しばかりこちらから手を回すことにした。


「カイも入る?」


 エンと話す前に声をかけたのは、サクラとして観客を作っておくためだった。

 律儀な彼、わざわざ近くまで来て見ていてくれた。真っ直ぐな眼差しがキラキラと眩しいのでいっそのこと巻き込んでやろう。


「敗者復活?優しいね?」

「負けない自信があるので」

「えーと、何の話、ですか?」


 カイはこちらの賭けの内容など知らない。

 その割にはもう剣を握って壇上に上ってきた。


「レイに勝ったらお願いなんでも一つ聞いてくれるってさ」

「え、じゃあさ、何があってそんなに強くなったのか教えてよ」


 無難なお願いにしてくれてとても助かる。世の中には「なんでも」に乗じて良からぬ企みをする者も少なくないから。


「お安い御用」


 レイは負けない。決して負けられない。だから、ルートのことが明かされることもない。


 ぼちぼち野次馬たちが集まってきた。

 いいぞ、もっと来い。


 己の立ち位置を流れに任せる者は、強い者に従え。

 自ら望んだ者は、エンに従え。


 前に立つのはいつになっても性に合わない。

 でも、今は自分を信じる以外の最善はない。


 レイが覆してやる。

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