第48話 示威

 エンの眼の前に来るや否や、かの女騎士――レイが紡いだ言葉に目を見張った。


「副団長、降伏するつもりなんでしょう」


 ――へえ。


「どこから聞いた?」

「秘密です」

「そう。要するに、裏切るなと。そう言いたいわけだ?」


 忠義か、自尊か。国か、民か。

 エンはどちらも、後者を選ぶ。


 国を守る気など端からない。

 そちらに気を取られれば、騎士たちが消耗するだけだ。民が怯えて貧相に暮らす時間が伸びるだけだ。


 それなら、多少自分の地位を貶めても守りたい方を守るのが、理というものではないのか。


「はい。せめて、次の会戦では城を守り抜いてください」


 この娘もなかなか賢いものだ。

 いつの間に、どうやってここまで辿り着いたのだろう。エン以外の回し者たちも把握しているのだろうか。

 手段は計り知れないが、どうにか調べて、口下手なりの説得を試みたわけだ。


 でも、エンの答えは決まっている。今更曲げるつもりなどない。

 

「やなこった」


 そっちがそこまでやるなら、気遣う必要もない。嫌いたきゃ嫌え。むしろ嫌ってくれた方が切り捨てやすくなる。


「もう少し考えてくれても」

「判決を遅らせて何になる?守り損ねた命が生まれても責任取れる?そりゃ王家は自分の国だもの、失くしたくないだろうけどさ。立場を利用して騎士たちが削られるのは看過できないな」


 エンからすれば、なぜ王家側につくのか全く理解できない。

 精々、王の専属騎士をしている仲良し幼馴染の立場を案じる程度で、他に肩を持つ理由などあるだろうか。


「それ、ウェヌム宰相も同じことですよ」


 鼻でわらってレイがそう言い返したことに少しだけ違和感を覚えた。


 ウェヌムの名が出てきたのはそこまで驚く事態じゃない。エンに辿り着いた時点で向こうは知っているだろうなとおおよそ見当はついていた。


 彼は、現在の王政に疑問を抱くこちらに、「戦わずして降伏しろ」と言った。

 内側から国を崩壊させることで、犠牲を減らす。立場が落ちるのが怖いのなら、私が仲を持とう、と。


「どうして?彼の利益がこちらの望みに通じていただけだよ」

「それ、良いように利用されているだけでは」

「まさか。むしろ彼が自分らの保険になってくれてる。利用しているのはお互い様」

「その保険、信用できるんですか?」


 正直、ウェヌム本人の性格を全く信用できるわけではない。義理も礼儀も単なる目算なんだろうな、と感じる部分も多い。

 しかし、社会的に彼が優位にいようと、こちらは武人なのだ、覚悟さえあれば容易く彼を殺すことが出来る。しかも、協力を持ちかけられているのはエンだけではないわけで。恨みを買うのは彼にとっても得策ではないのだから。


 保険ははたらく。だから加入した。


「できるね。彼は聡いから」

「利害でつながる関係がどれほど脆いものなのかわかっていますか?」


 こんな、自分より一回りは年下の少女にわかったようなこと言われたくはないな。


「他人の愛想笑いのほうが怖いよ」


 腹の底なんて知れたもんじゃない。それなら利害でつながっている方がまだやりやすい。

 寂しいことだけど。人間関係ってそんなもん。


「じゃあ、利害でこちらを選んでください」


 馬鹿言うな。


「そっちに利はないよ」

「いえ。私がいます」


 ――何が、彼女を変えた?


 先程、レイが鼻で笑った。

 そして今、レイが誇らしげに微笑んだ。


 無口で、生真面目で、謙虚で、ひたすら陽の光を避けて生きていた、あのレイが。

 どこで教わったか、自信をつけた。


 裏切りよりもそっちのほうが由々しき事態だ。

 由々しき、と言ったら失礼か。


 目が眩んで仕方がない。


「私が、みんなを守ります。それを信じられないなら、私と対戦してください。」


 なるほどな。その対戦でレイが武力を見せつけられれば彼女は信頼を勝ち取ることができる。

 でもそれじゃ足りないな。賭けるならもっと大胆に。


「わかった、君に負けたら少なくとも今回は持ち越しにする。だから、僕が勝ったらさ、レイも降伏側に来てよ。」


 人の良いハンクのことはエンも気に入っている、彼を傷つけることになるのは心苦しいけれど。

 レイには利用価値がある。存分に活用させてもらう。


 流石に少し考えたようだった。

 しかし決断までそう長い時間はかからなかった。


「わかりました。対戦よろしくお願いします。」


 普段ポーカーフェイスのくせに、表情筋を使うのがうまい。

 レイの微笑みは、エンの得意な笑みよりよっぽど不敵に見えた。

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