第46話 不敵

 エンは、この騎士団が好きだ。

 劣等感を打ち明けてくれた繊細な後輩、悩みもぶっ飛ばしてくれる豪快な同僚、不器用だけど優しい先輩、ひとりひとりが人間らしく生きているところが好きだ。


「エンさん、疲れてます?」


 騎士たちの訓練を眺めていると、後輩が声をかけてくれた。しまった、集中できていない。


「ごめん、考え事してた」

「疲労で倒れたりしないでくださいね。エンさん気張りすぎなんすよ」


 そうなんだろうか。

 何人かから、団長を失い実質的トップに立ったエンを心配する声を聞いた。

 だがエンとしては、これくらい責任感を常に抱いていられる方が気持ち的には落ち着く。


 むしろ今、使命感に心が守られているような感覚の中にいる。


「自分がやらなくて誰がやるんだよ」


 ボソリと呟く。


 皆、生きるため、護るために戦うことに必死なのだ。じゃあその意志を誰が守るという。


「なんか言いました?」

「…自分は君が思うより悪い奴だよ、って。」


 口角を持ち上げる。

 過去に誰かに「気持ち悪い」と言われた表情だった。

 でもエンは、不敵に見えるこの顔が好きだった。


「――先輩も、なんすよね」


 不意に、耳にその言葉が届く。間違いなく、後輩が放った声だ。

 その曖昧な指示語が何を意味するのか、エンは正確に理解していた。


「そうだよ。不忠だと思う?」

「さあ。意外だとは思いましたけど」

「そうかな。割と妥当な判断じゃない?」

「まー、要は何に重点置くかって話っすよね」


 そう。

 忠義か、自尊か。国か、民か。

 そんな単純な話ではないけれど、その程度の話であるような気もする。


「とはいえ、背徳感があるのは確かだよね」

「あれ先輩、怖がってるんすか?」

「まさか。むしろやる気に満ち溢れてるよ」


 これが自分に課された役割なのだと思う。

 ダウン団長はらしいが、怖いとは思わない。別に死んでも構わない。

 騎士たるもの、何かを守るために命を賭けるが理想の姿。怖いものなどない。


 刻はもうすぐ側まで迫っている。

 心がざわついて、興奮する。

 それを思うと、集中なんて出来やしない。


 ――君こそ不安があるんじゃないのか。

 心配することなどないよ、自分に任せろ。


 そう言いかけて、エンは視線に気付く。


 雑踏に行き交う騎士たちの先で、青緑色の瞳がじっとこちらを見据えている。

 睨むわけでも見惚れるわけでもない、感情の読めない眼だ。


 腕は悪くないがあまりパッとしない子、と把握していた。

 今年になって誰だかの専属になったとか聞いていたけれど、それで有名になったわけでもなかったし。

 最近また何か噂になっていたようだが、興味がなかったので内容は覚えていない。


 目が合ったので微笑んでおく。もちろん、気持ち悪くない方の笑みだ。


 すると彼女は真っ直ぐこちらを見つめたまま、音もなく近付いてくるではないか。


 なぜだろう、別に気迫が凄かった訳でもないのに、エンは目が離せなかった。

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