第44話 耳を疑う
「報告!山の民の集落が陥落しました」
予想よりはるかに早い伝達に、ルナは溜め息が零れそうになるのをどうにか堪えて、
「死傷者は?」
と尋ねる。
「怪我人は複数いますが、マグナ軍と山の民双方とも死者はないそうです」
「そう」
「どうやら山の民の若者が裏切ったそうです」
「え?裏切った?」
はい、と頷かれ、いよいよ頭を抱えたくなったが、そんなことは許されない。自分が許さない。
「それは確かな事実?」
「はい。単なる噂ではありません」
「わかったよ、ご苦労さま」
「はっ、失礼します」
伝令兵が部屋を出て、十分に気配が遠ざかってから、ルナは机に突っ伏した。
「想定外なんですか?」
背後のハンクが口を開いた。
「山陥落は想定内。モン族長には、時間は稼いでほしいけど死者が出るくらいなら降参しろって伝えてあった。ただし山の民の中に裏切りがいたのは正直痛い。少し早すぎる」
山の民にはもう少し粘ってもらうつもりでいた。
早くも陥落、しかも、裏切りという形で。
若者たちか、それは盲目だった。
モン族長が女神信仰の篤い方だったから、心配していなかったのだが。
「それは良くないっすね」
全くだ。
裏切りは士気を下げる。裏切り者の分だけ戦力が減るということなるし、仲間内で疑心暗鬼になる原因になる。
ただでさえ重い足が止まるどころか、後ろ向きの風が吹いてしまったら困る。
これがウェヌムの思惑通りだとしたら、引けをとっている。早急に巻き返さなければ。
ルナは、部屋の隅に追いやられた盤上遊戯の箱に視線を向ける。
――一度だけ、ウェヌムと対戦をしたことがあった。
成人の少し前、彼がサンズの教育係に移るというから、こちらからお願いして受けてもらったのだ。
二日に渡る長勝負の末、勝利を手にしたのは、ウェヌムだった。
あの後、何度一人で盤を並べただろうか。
自分はどの駒を取ったか。ウェヌムはどう動いたか。
思い返してシミュレーションしては、あの勝負の勝ち目を探した。
未だにわからないのだ。
あの時自分はどの手を間違えたのか。
だって、今同じ勝負をすれば間違いなく勝てる。
暇さえあれば繰り返したから、どの盤面でどうすれば勝ちを取れるか暗唱すらできる。
なのに、あの時の過ちは見つけられない。
わからないことは、怖い。
「――陛下、最近レイに会いました?」
机に突っ伏したまま動かないルナを見て、ハンクが話題を変えた。
久々に聞いた名に少し喜びを覚えて身体を起こす。
「いや、しばらく見てないな」
レイ、か。元気にしているだろうか。
彼女は彼女で、今頃裏で手を回してくれているはずだ。上手くいっているといいけれど。
「アイツ今、モテ期来てるっぽいです」
「え?なんて?」
「モテ期。レイに。」
あまりの衝撃に表情筋が固まった。
よほどの顔をしていたらしい、ハンクが声を上げて笑った。
「そんな驚きます?」
「いや、えっと、あの。レイは人間関係が狭いタイプだと思ってたから、意外で。」
「それはその通り。ただ人が寄ってきてるだけですよ。アイツ最近、急に強くなったじゃないですか。それで、注目集めたらしい」
ああ、なるほど。
ルートから、彼女が腕をメキメキ上げたことは聞いていた。注目を集めるまでであったとは。
「――彼女、魔術と武術との相性がいい。才能ありますよ。」
レイの二人目の師は、そう報告した。
随分皮肉なものだ。
騎士をやめると決断した今になって、合った戦術を見つけるなんて。
「レイは何か言ってた?」
「いや、俺は直接話したわけじゃないから特には。レイのことだから、あんま良い顔はしてないでしょ」
幼馴染の彼が言うならきっとそうなんだろうけれど。
本当に、彼女を騎士から引き抜いて良いのだろうか。
今ならまだ間に合う。
騎士として大成する道は途絶えてはいない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます