第42話 睥睨には微笑みを

「結論から言います。ソルアラ王国は、マグナ連邦に対して、降伏はしません。抗戦の方向で話を進めましょう」


 今日まで開かれてきた会議でも一応、マグナに戦争を持ち出された場合の対処について話はしていたようだ。


 前陛下は当然降伏には反対していたが、話し合いでの解決を目指していた。

 方針的に戦争を望まないという点は降伏派と共通していたようだ。


 ルナの言葉に騒めきが会議室を覆う。

 なぜだ、馬鹿か、信じられない…

 ああ、煩い煩い。勝手にぺちゃくちゃ言っていろ。


「それがソルアラのためになりますか?」


 一筋、張りのある声が喧騒を貫く。


 この澄んだ響きは、王妃殿下のものだ。

 王妃はルナ側のポジションではあるが、体裁として、疑いの声をあげてくれたようだ。やはり彼女は賢い。


「ええ。要点はシンプル、王家の存続のためです。

魔王が復活を繰り返すこの国で、王族に自由がないなどありえない話ではありませんか?」


 仮にも王家が虐げられようものなら、この国に未来などない。まして、今は女神による結界もないのだから、すぐ北のマグナ連邦が魔に侵される可能性すら否定できないはずだ。


「その辺は降伏の際に結ぶ条約で、王族の立場は守るよう調整すれば良いのでは?」


 王妃に代わって反論したのはウェヌム宰相――いいぞ、もっと来い。


「降伏したらこちらにあれこれ言う立場などないでしょう。マグナに一任するにも、相手は魔の歴史を知らない国です。こちらが思うより、魔王について軽視される可能性が高い。」


 実際は、ソルアラがどんな国であるかはウェヌムたちが密告しているはずだが。他の大臣及び民たちにとってはそんなこと知る由もない。


「そもそもこの国は、女神への信仰を基に成り立っていた国です。王族は、女神より力を授かり、それが唯一の魔王に対抗する術として崇められてきたから、王として長い歴史を繋いで来れたのです。

指導者が変わるなど女神への冒涜も同然、民はこれを受け入れられるでしょうか?」


 否。


 魔王戦も近い、女神への信仰心が高まってきているという中で、危機感を持っていればそんなことありえない。

 マグナに取り込まれたところで少なからず反乱が起こるのは目に見えている。


「そんなの、戦争に負ければ結果は同じではないですか。むしろ戦いで余計に命を削るのみです。」


 確かに失われる命は惜しい。本当に。ほぼ間違いなく、小被害では終わらない。それは心苦しい。

 ただ、負けて堕落して先長く貧乏暮らしさせるのと、どちらを選ぶというのだ。


「負けなければいいのでは?」

「簡単に言いますがね、戦力で比べたらマグナの方が圧倒的に大きいのですよ。勝ち目は薄い」

「別に勝つ必要はありません。必要なのはですので」


 要するに、勝てなければ引き分けを狙えばいい話。


「戦争を終わらせる条件は二つ。一つはどちらかが降伏すること。もう一つは、平和的協定です」

「平和的協定?それはつい先日、前陛下が失敗なさったではないですか」

「ええ。要は、甘く見られていたわけですよ。ならば、相手にとってこちらが交渉するに値する存在であることを見せられれば良いんです」

「どうやって?」

「半年間、耐えます」


 正確には、もう少し短くて済む。

 先日会ったときに聞いておいたから間違いない。


 ルナの言わんとすることを察した数名が息を呑んだのが聞こえた。

 本来なら何も関係のない事柄を結びつけることで、在る実力を最大限に利用する。


「半年後に復活する魔王戦を利用してしまいしょう。対魔獣の戦い方を知らないマグナは、魔獣戦において不利を取ります。自分たちの力で敵わないなら、魔に攻めてもらえば良い」


 対人戦において劣るソルアラの騎士たちの強みはどこか。

 間違いなく、対魔獣戦における立ち回りだ。

 国家騎士団は何のためにある。

 街の治安維持、及び地より湧き出る魔獣たちの討伐のため、だ。


「本当はもう少しマグナ会談を遅らせられれば良かったのですが、皆様があまりにも急いで事を進めようとするものだから。騎士たちには苦労をかけるでしょうが、砂漠の民族長ハレナ様にも、山の民族長モン様にも協力は得ておりますので、希望は十分にあります。」


 そう言ってウェヌム宰相へ視線を向けると、彼もまた鋭い目つきでこちらを見ていた。

 どうせ、陛下たちを殺した後ソルアラのトップに立って、宣戦布告にはさっさと降伏して、魔王戦のゴタゴタの前にマグナの一員として地位を確立するつもりだったのだろう。


 そんなことはさせない。俺がやる。


「以上、異論反論があるなら、ぜひともその意見を聞きたいので、私を説得するに十分な材料を持って出てください」


 会議室が、しんと静まり返る。


 王妃と、軍務大臣ことダウン騎士団長はいくらか柔らかな顔をしている。

 彼女らは初めから反対する気はなかっただろうが、納得したふりをしてくれているのだろう。


 財務卿と法官長は、腕を組んだり斜め上を見つめたりと真剣にこちらの提案を検討してくれている。

 財政に関しては多少言及されても反論できる自信があるし、今出した提案に法に触れる部分は一切ない。味方につけるのは難しくないだろう。


 問題は、宰相兼内務相の仕事を持つウェヌム、そして外務相ネブラ。先程から睨み続けているが、さあどう出る。

 挑発してやりたいところだが幼稚なので微笑むだけにする。

 まあ、反論したくともそんなすぐには思いつかないだろうし。


「ではひとまず、詳しい話を進めていきましょうか」


 戦いは始まったばかりだ。

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