第41話 初仕事
「――どう?目が映えるっしょ。」
なぜハンクがドヤ顔をするのかは些か疑問だが、返事をする前に固まってしまった。
目が映える、どころじゃない。
ヨア――いや、ルナが、正装姿で佇んでいた。
前髪を上げてキメの細やかな額が露になり、後ろ髪もいつもより高い位置で括っている。服が決まると気持ちも引き締まるのか、いつもより姿勢が良く見える。
ルナはハンクを軽く小突きながらこちらを見て、少しだけ硬い笑顔を見せた。
「どう?着てるこっちは窮屈で仕方ないんだけど。」
「お綺麗ですよ」
何せ基盤が良いものだから、彼に関しては何を着ても様になる。
「ただ、いつもの姿の方が似合っていますね」
失礼な話ではあるが。レイの好みも含めて、彼はラフな格好の方が似合う。
あんまり綺麗に繕うと、見た目から遠い存在にように思えて気後れしてしまう――平騎士と王なんてそもそも近い存在ではないけれど。
「失礼じゃねーか?」とハンクが困ったように指摘したが、
「それは何よりだね」とルナは悪く思わなかったようだ。
そして一つ息を吐いて、彼は真顔に戻った。
「これから、堅物の議会を掻き回してくるよ。」
先程から彼が緊張した面持ちなのはこのせいだ。
今日は、ルナ陛下の実質的な初仕事となる。
マグナに受けた宣戦布告の対応に関する議会が開かれるらしい。
「幸運を祈っています。」
運でどうにかなる話ではないけれど。
ルナが集めてきた知恵や思慮を重ねた未来志向は、誰に敗れるものでもない。それを知っているから、女神がこちらに微笑んでくれることを素直に祈れる。
「ありがとう。行ってきます。」
ルナは履いていた右手袋を外して、こちらに片手を差し出した。過去の努力の象徴が見られる、いつ見ても美しい手だ。
レイも手袋を取って、その手を握る。レイの方は豆が多い不恰好な手だけれど、彼と握手出来るだけの美しさはあるだろうか。
「行ってらっしゃいませ。」
今は多少見栄でも、胸を張るしかない。今はまだレイの出る場はないけれど、必ず役に立てる時が来る。
「――緊張してますねぇ」
会議室の前で深呼吸を繰り返すルナに、ハンクが茶化して声を掛ける。
当たり前じゃないか。
自分を飾って大きく見せるにも相応のエネルギーが要る。いつも笑顔を貼り付けて思惑を見せないようにはしているが、こっちはいつだって笑みが引き攣っていないか内心ハラハラなのだ。
まだ、弱音は吐けない。
「…いける。大丈夫。」
最後に、周囲の空気を有らん限り吸って、肺中の空気を全部吐き出して、もう一度肺に新鮮な空気を入れて、ルナは重い扉を押した。
中に入ると、一斉に視線がこちらを向いた。誰一人批判的な気配を隠そうともしない。
別に、怖くなんてない。最初に王子としての任務を放棄してから、ああいうのには無理やり慣れてきた。
「遅いですよ、ルナ様。もう皆揃っています。」
こちらを向く顔の中で一際ねっとりした目をしている者の口が開く。
――ウェヌム宰相。
ルナの元教育係であり、王と王妃に次いで発言力が強い役職であり、対マグナ戦において降伏派にいる。
「まあそう焦らず。時間までまだ数分あるでしょう。」
それに、皆にとっても、陛下ルナがどんな顔で議会に現れるかは見物でしょう?
喉の奥でそう呟いて、ルナは出来るだけ悠然と歩みを進め、席についた。
「では、揃ったので始めましょうか。」
今日のこれはあくまで、ルナの能力努力を示し、従わせる材料を提出する場だ。
最悪ゴリ押しで良い。多少恨みを買っても王妃の権力が背後にある。
もし誰かに刺されそうになったとしてもハンクが守ってくれるはずだし。
さあ、大どんでん返しを始めるとしよう。
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