第37話 腐らない縁

「よ、お疲れ。なんか用か?」

「色々とね」


 その夜、レイはハンクの元を訪れた。

 彼と話すのはなんだかんだ久しぶりだ。しばらく忙しかったから。


 部屋に入って、勧められるままに椅子に座った。

 ハンクは落ち着いた様子で茶を淹れてくれた。レイが昔から好きな、故郷でよく飲んでいた茶だ。


 思い返せば、何度も彼に助けられていたのだろう。幼い頃は面倒見てもらっていたし、精神的にも。

 良いこと悪いことあったときに真っ先に告げる相手は彼だった。身内が叔父しかいなかったレイの、家族のようなものだった。


「…騎士を、辞めようと思って」


 切り出し方はわからなかった。だから率直に告げた。

 ハンクは一瞬目を見開いておぉ、と呟いたけれど取り乱しはしなかった。


「なんかやりたいこと見つけたのか?」

「今は、まだ。」

「理由は、ヨア様?」


 理由、か。それを言うなら、ヨアはあまり関係ないように思う。


 辞める理由はずっとあった。役職ももらえなければ、これ以上腕を上達させる方法も見つけられずにいた。

 ヨアは機会をくれただけだ。他の道へ進む選択を見せてくれただけであって、決めきれなかった心をわかりやすくしてくれただけで、恐らく直接的な要因ではない。


「私が決めたことだよ。ヨア様は私の決断を手助けしてくれているだけ」


 利害の一致も理由にあるだろうけれど。

 レイがより潤滑に騎士を辞められるよう、うまく作戦に練り込ませてくれている。

 お互い城を出たい。なら手を取り合うより良い選択は無いだろう。


「そっか」


 一口、茶を飲む。彼のことだから、否定はしないだろうとは思っていた。

 むしろ肯定的になって協力してくれると知っていた。

 知っていたから、それを利用するのはあまり良い気はしなかった。


 それでも今日話をしに来たのは、自分の幸せに貪欲になる覚悟を決めたからだ。どうせだから厚意に甘えてしまおう。


「それで、頼み事があるんだけど」


 どちらかと言うとこちらが本題だ。ハンクへの感傷はここでは重要ではない。


「ルナ王子の専属騎士になる気はない?」

「ゲホッ」


 タイミングが悪かったようだ。彼が茶を飲んだ時に告げたせいで咽せさせてしまった。

 今日はだいぶ冷静のようだと思ったのに。そんなに驚くことだったか。


「ルナ王子、って、なんで?お前は?」

「話すと長くなるけど…」


 とりあえず現状と、未来の予定を話した。ウェヌムらのことや暗殺のこともきちんと伝えた。その上で自分たちの作戦を伝えた。


「暗殺が成功しようと失敗しようと、ルナ王子は魔王戦のために王家に戻らざるを得ない。その時私は、隠れ駒として動きたい。だから、ハンクが表駒になって。」


 作戦上レイの自由が効く方がいいのもある。

 加えて世間体が気になるのもある。引き籠もりの副外交長官ならレイでも許された。だが王子となれば世間はどう思うだろうか。


 ハンクにとっても悪い話じゃないはずだ。

 王子の専属騎士、となると随分な出世になる。実際ハンクの腕はそれに値するほどのものはあるし、騎士団長と王子本人がこちら側にいるので指名を通すのは難しいことではない。


「…よく考えたら俺すげえ責任かかってねえか?失敗したら死ぬじゃん」


 そんなこと気にしている場合か。騎士たるもの、いつだって命懸けじゃないか。


「失敗なんてさせない、大丈夫。」


 今日ヨアから、ハンクを専属にするという提案を受けた時、何があろうとハンクに迷惑はかけないよう頼んだ。たとえこちらの計画が崩壊しても、ハンクだけは二人で守り抜こうと約束を交わした。


「ルナ様を守って。」


 昔からの友人二人を守ると思って。なんなら自分のためでも良い。ハンク以外頼める人がいない。ここまで話したら尚更協力してもらうしかない。


 でも返ってくる答えは知っていた。


「――いいよ。」


 ハンクは笑った。いつもみせてくれる、裏表のないカラッとした笑みだ。


「俺だって出世したいし、ソルアラ守りたいもん。ウィンウィンじゃん?それに、レイたちには幸せになって欲しいからな。」


 そう言ってくれるだろうと思っていた。それ前提で作戦も立てた。わかっていて頼むのは気が引けたけれど、これしかなかった。

 むしろこれが最善だ。ハンクに不利はない。彼の言う通り、ウィンウィンだ。


 ――ヨア様。愛国心は、あります。そもそも貴方にはまだ人望がある。ウェヌムにも勝てる。


「マグナ会談が済んだら、王族にも動きがあるはず。話がまとまったらダウン団長から話は降りてくるから。」

「了解。ワクワクするな。」


 なんでハンクがワクワクなんだ。むしろレイは成功するかどうかでドキドキなのだが。

 首を傾げると、「だって」と言葉を続ける。


「歴史的瞬間を、王子の真横で見られるんだぜ。しかもただ流される側じゃなくて、裏の陰謀を知っている視点で、だ。名が残ろうが残らなかろうが、歴史を左右する人間に携わるんだ。ワクワクするだろ。」


 言われてみれば確かに。

 レイもまさか自分が、歴史が変わる瞬間を生きることになるとは思いもしなかった。

 もちろん生まれた時から魔王復活については示唆されていたが、自分には関係ないと思ってきた。騎士として市民を守り魔獣を倒して生き抜くだけで良いと思っていた――ヨアに出会うまでは。


 決して無関係ではない。レイもハンクも、誰もが重要な役だ。この国で人生を営んでいる以上、誰もに関係も無関係もないのだろうけど。

 不特定多数の一人ではなく、必然の一手として、存在している。それに感謝と誇りを持って。


「勝つぞ。王国の尊厳を守るために。」


 ハンクが片手を差し出したので、レイはそれを強く握る。


「ありがとう」

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