6 はじめよう
第36話 隅の部屋にて
「――昨日、陛下たちがマグナへ出発しました。あとはもうなるようにしかなりません」
ヨアからすれば随分早く時が過ぎ去ったような気がする。
ルートの協力を得て、レイが腕を磨いて、情報を集め回って。
布石はあちこちに置いた。あとはそれを出来るだけ望む方に作用させるだけだ。
「不安はいくつか残りますが…ま、どうにかできるでしょう」
最早見慣れたルートが伸びをして答える。
彼には幾度も城に忍び込んでもらって、一ヶ月間共に作戦を練った。護身の術などもいくつか教わった。一人では考えつくもの出来ることにも限界がある。その点随分と助けられた。
やはり持つべきものは信頼できる仲間、なのかもしれない。
「陛下たちを見捨てる結果になってしまったのだけが心残りです。判断が遅かった。」
ウェヌムの賢さを信じたのが間違いだった。
あの人は自分のために国民でさえも切り捨てられる人間だった。そこを見破れなかったのだけが悔しい。せっかく、運良く密通の手紙を見つけることができたというのに。
だが意外にも、ルートは軽く笑った。そこまで気にしていないようだ。
「遅かれ早かれ、貴方一人がどうこうできた話じゃないでしょ。それにまだ死ぬと決まったわけじゃない。腕のいい団長殿を信頼しては?」
ダウン団長。
彼には、暗殺が起こる可能性が高いということは伝えてある。ついて行く騎士の腕も悪くはないはず。
かつ、マグナは魔術を知らない国だと聞いている。手も足も出ない事態にはならないと信じたい。
「…ところでレイの調子はどうですか?」
「彼女、飲み込みが早い。最低限必要なところまで育てました。魔王が復活する頃には難なく望み通りに。」
ルートには感謝してもしきれない。
こればかりは彼の指導力の賜物だろう。いくら指導される側が優秀でも、指導する側が能力無しでは育つものも育たない。
「じゃあ魔王戦は問題ないでしょうね」
とは言ってみたものの実際そうでもない。
騎士たちの戦力が高くても、魔王を封印するのは…女神を呼び起こすのは彼らではない。
砂漠の民同様、自発的に魔力を開化させることができる種族である王族は、幼い頃に魔術教育を受けさせられる。ヨアも例外なく習った。
だが廃嫡され城の奥に隠れ、もう使うことはないと思っていた。
先日教会で女神と対話した際、実は魔力を消費したのは数年ぶりだったのだ。幸運にも技を扱う感覚はすぐ戻った。
それより何より、体力が持たない。当時過労が続いていたのもあるが、魔力の消費がだいぶ堪えた。
あれ以降日常的に魔力を使うようにしているが、なかなか慣れない。
あと半年で魔王を抑え、かつ女神を復活させるところまで鍛えられるかと言われると自信はない。
実際、このあとの半年間は慌ただしくてそんな場合じゃないだろうし。
ルートもルートで、ヨアの言葉を肯定しなかった。
「どうだか。人手がまだ足りない。レイを貴方のそばのつけるのは厳しいので。貴方、魔物の群れの中に入っても生き抜ける自信はありますか?」
全くない。武術は習得はしているがそんなに優秀なわけではないし、魔術で自衛もできやしない。
しかしそこはあまり心配ない。
「頼れる騎士なら他にもいますよ」
ダウン団長でもレイでもない、数少ない信頼できる人。成り行きではあったけれど、夏に顔合わせしておいてよかった。
ハンク・ヤード。レイの幼馴染。彼なら、きっと。
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