第31話 永遠を生きる者

「もし女神が復活して、さっきの文言通り科から解放されたら、女神は地上からいなくなってしまう」


 そうか。伝承では女神は既に天に帰っており、そこから人々を見守っていると言われているけれど、その前提も覆る。

 そして、文言の”生まれ出し処”が天界を示すなら、今度こそ女神はそこに帰ってしまう。


「女神が施していた光は失われてしまうのですか?」

「ううん。女神は既に、この世界の光にも闇にも関与していない。世界はそのまま続いていくはず。

でも、国はどうだろうね」


 ソルアラ――女神信仰を基に成り立った宗教国家。

 この事実を王家が知ったとて、そう簡単に民に伝えるような真似はしないだろうけれど。


「ルートさんは、王国は王国のままで在るべきと思いますか?」


 口にした後で愚かな質問だったかもしれないと思った。


 ルートは首を振ってみせた。


「さあ。王国が永遠で在れる訳でもあるまいし。」


 その返答には少し興味を持った。

 彼は長い過去を生きてきたと同時に、この先も長く生きる存在なのだから。

 国が崩壊の危機に陥ろうと生き続けるのだろうか。この狭い塔の上で、ずっと一人で。


「あなたは、国を出るつもりはないのですか?」

「出ても良いけど、どちらでも変わらないから愛着のある方にいる。」

「本当に?」

「どちらにせよ人目を避けて生きることには変わりないよ」


 どんな事情で不老になったのか、ここで暮らすことにしたのか、レイは知らない。知ったところで彼の気持ちを理解できるとも思えない。

 だが彼が人間らしさを捨てて生きなければならない理由なんてどこにもないとは思う。


「人目を避けることと、孤独に生きることは同じではないでしょう」


 理解のない人はいるかもしれない。不老の彼に対して恐れを抱く人、そこからとやかく誹謗中傷言ってくる人はいるかもしれない。

 でもだからといって、一人で生きればそれで解決ではないだろう。


「寂しいじゃないですか」


 彼は目を見開いて、困ったように笑った。図星じゃないか。


「誰といても寂しさは埋まらないよ。人の儚さを実感するだけ。」


 違う。そうじゃない。

 そもそも人生ってそういうものではないのか。

 出会って別れて、寂しくて、でもそれを埋めながら必死に生きるのが人なのではないか。


 強く首を振るも、ルートは「だってそうでしょ」と続ける。


「本来人が生きる年齢を超えて、誰も彼もが過ぎ去ったものになって、思い出だけが生きる理由になる。」


 きっと本当なのだろう。本当に、疲れてしまったのだろう。

 不老の体を持ち、肉体そのものは歳を取らずとも、年老いたみたいな表情をしてみせる。その正体は自分を置いていつか死ぬ人間を眺める孤独な笑みだ。


「僕にも人だった時期があるんだよ。みんな口を揃えて生きろと言った。いつか生まれ変わって会いに行くと誓った人もいる。生きる理由はそれだけでいい。人生ひとつ分の幸せ以上に、求めるものなんてない。」


 理屈はわかった。

 気持ちはわからなかった。


 幸せになりたいなら足掻いてみせるべきだ。その身体を得たのが不本意であるとしたら尚更。人一倍幸せになったっていいだろう。どうして自ら悲しい道に進むんだ。


 何も、言えなかった。

 反論したいのに、そんな権利もないと知っているから。

 ルートの痛みはルートにしかわからない。ルートの生き方に口出ししてもそんなの綺麗事でしかない。


「…ごめんね、話逸れちゃったね。とりあえず国の命運はルナ王子にかかってるということで、今日の話はおしまい。」


 はぐらかされた。でもどうしようもないのでひとまず頷いておいた。


 もっとこの人を知りたいと思った。どうか幸せになってほしいと思った。


「ルートさんに女神のご加護がありますように。」


 女神の加護を信じない者の台詞ではないとは思ったが、これ以外に似合う言葉を持っていなかった。


 ルートは「ありがとう」と一言、また寂しそうに笑った。

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