第29話 世間体
「どうしよう」
ところが、城の奥の部屋を訪れてみれば、苦笑いのヨアが迎えるではないか。
「近々、マグナとソルアラの協定会議が開かれるんだよね。それが忙しいからって、雑務の仕事を大量に貰っちゃった」
確かに。彼の机上は紙と筆記具とで散らかっていた。彼はその中から一枚の紙きれを掘り出してレイに見せる。
「ルートさんから。」
――”女神は再帰する。僕に会いにきて。”
忘れていたが、ルートにも女神に関する話を調べてもらっていたのだった。彼もまた何か情報を掴んだのだろう。
「彼に会いに行きたいんだけど、この通り手が空かない状態だから、代わりにレイが行ってくれない?」
「え?」
とんでもない。
「私は貴方の代わりにはなれません。」
「なれるよ。確かに俺は大抵の人より賢い自信はあるけど、レイは俺の次にここらの事情に詳しい。他に頼める人がいないんだよ。」
外交の仕事の方を他の外交官には頼めないのか。外交官じゃなくても、部下の一人や二人いるだろう。
首をしきりに振るレイに、ヨアは困ったように首を傾げ、息を吐く。
「まさか、全てを俺に任せるつもりじゃないよね?俺が過労死したらどうするの?」
そう言われてしまえばぐうの音も出ない。
「…わかりました。もしここで失敗しても責めないでくださいね」
「失敗する要素ないから大丈夫だよ。ただ話聞いてくればいいだけだから。」
初めて会った時、ルートは全く読めない相手だった。
だがヨアの正体が分かればいくらか理解出来る。彼とヨアが交わした会話も、王子について話した時のイタズラっぽい顔も。
ヨアがまだ何かを隠すならレイひとりを行かせはしないだろう。大丈夫。信じていい。
「ところで、最近謳われている噂は知っていますか?」
「ん?なんの?」
「ヨア様が侍女を誑かしているとか。」
彼はん゙ん゙、と咳払いして、すう、と息を吸って、ふう、とそれを吐く。
「信じてるのそれ?」
「まさか。むしろ訂正しておきました」
「なら良かった」
「よくはないです。悪い噂が立っているのに」
実は。
レイはここのところ、夜にヨアの部屋に出入りしては盤上遊戯で遊ぶのが日課となっていた。
ちなみに一度だけ、勝ったことがある。ヨアがたまたま取りこぼしたのを拾っただけだが、勝率ゼロじゃないだけ、悪くはないだろう。
きっと夜にヨアの部屋を訪れるレイを目撃した誰かが、女性関係が良くないなど噂して、結果侍女どうこうの噂に発展したのではないか。
「原因が明白なものについては心配しなくて良いんじゃないかな。今更悪く思われようがまもなく出ていくし。」
当人の方は割とけろりとしている。ヨアが気にしていないのにレイがもっと気にするのはおかしな気もするが、なんとなく嫌な感じがあった。
「風評は、大事にしたほうがいいです。あなたが傷付かなくても、あなたの周りが気にします」
「レイも気にする?」
当然。
「ずっとそれに振り回されてきた身なので。」
人の噂の面倒さは誰よりも知っている。別に今更悪く言われようが構わないが、そこから派生する面倒ごとはごめんだ。それに。
「それに、ヨア様の努力が報われないのは悔しいです」
少し前のウェヌム宰相の発言を思い出す。
「――ヨア殿が欲に飢えているだけでしたか。」
レイが女性だというだけで。ヨアがどんな思いで城にいるかも知らないで。よくもぬけぬけとあんなことを。
思い出すだけで腑が煮えくり返りそうになる。あの時手が出なくてよかった。ここで鉄仮面が役に立って本当によかった。
「…そう。じゃ、しばらく対戦はやめよっか。寂しいね」
「その暇で仕事片付けてください」
レイだって実は寂しい。こうして頭を使ってゲームするのはあまり出来ないことだから。
ハンクは頭脳派ではないから勝負にならないし、大抵の人は忙しい。こんな自由に出来るのも今だけと思うと少し感傷的になる。
「わかった、頑張るよ。ルートさんによろしく伝えてね」
そんなレイの感傷には目に留めず、ヨアは机に向き直ったので、仕方なく外出の支度に取り掛かることにした。
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