5 人の語る言葉は不確かなもの

第28話 案山子

「レイ、大丈夫?」


 故郷から帰ってまもなくのことだった。一人で剣の素振りをしていたところ、同僚のカイに話しかけられた。

 心配の意味なのかなんなのか見分けられなくて、とりあえず何も気にしていない風を装う。


「何の話?」

「色々噂になってるよ?君が護衛している副外交長官。城の侍女たちをたぶらかしてるとか。」

「は?」


 慌てて取り繕うが遅い。レイの反応が意外だったらしく彼は軽く笑った。


「まぁそう怒らないでよ」


 最近、素直になれる相手が増えたせいか、かつての鉄仮面ポーカーフェイスが崩れつつあると感じていた。間違いなくヨアの影響だろう。

 喜ばしいことではあるが、やはり感情は時に邪魔だ。表に出さないほうが上手くいくことの方が多い、皮肉なことに。


「いや…忘れて。それより、どこからそんな噂が?」

「どこだろ…僕は、先輩方が噂してるところから。でも実際侍女に聞いてみたら、姿を見たこともない人の方が多かったよ」


 ヨアが、侍女をたぶらかす。そんな暇彼にあるわけがない。

 ここのところ忙しそうに引き籠もってばかりだし、彼が何かしようものならレイだって知っているだろう。


 ――ただ。噂になるような一因は知っている。

 それをわざわざ噂するような人の顔も同時に思い浮かんだ。

 苦々しい思いが湧き上がってきて、ため息と共に吐き出す。


「一応訂正しておく。ヨア様はそんなことしていないよ。あったとしても、顔を見たり話したりした侍女が勝手に舞い上がって噂してるだけじゃないの」


 そうであることを祈る。レイを理由に面倒ごとにはならないで欲しい。迷惑をかけるわけにはいかない。


「了解、伝えとく。でももしなんかあったらなんでも言ってね。」


 彼はいい仲間だ。きっと噂もじきになくなることだろうけど。そう簡単に済む話だろうか。

 だって、根も葉も全くないわけではないから。火のないところに煙は立たないから。


 目の前にいる案山子が無機質に笑うので一突きしてから、レイは剣を鞘にしまった。

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