第25話 旧友

「初めまして。副外交長官の、ヨア・セブンスです。」


 狐につままれたような間抜けな顔をして、ハンクはヨアとレイを交互に見た。

 今度紹介するって言ったのに。

 言ったじゃん、と呆れた顔をして見せたら、慌てて頭を下げる。


「ハンク・ヤードです。レイが世話になってます」

「何様」


 軽く小突く。「えぇ、」とハンクは困ったように頭を掻く。

 その様子を見てヨアはフッと笑った。


「仲良いね」

「腐れ縁です」

「腐らすなよ」


 実際そんなものだろう。

 気付いたら隣の家に住んでいて、気付いたら同じ道を辿っていた。

 強いて言い換えるなら幼馴染、騎士仲間、あるいはライバルくらいか。今更切ろうにも切れるものではない。


「じゃあ、行こうか」

「え?一緒に来るんすか?」


 なんでわざわざ帰省の出発前に紹介したと思っているんだ。


「イオさんとアニさん、覚えてる?」

「もちろん。よく遊んでたよ。」

「ヨア様が、会いたいんだって」


 もちろんそれだけが理由ではないけれど。

 師匠に習っていた旨の話は今すぐにする必要はない。


「懐かしいなその名前。元気かな」

「さあ」


 残念ながらレイに彼らとの思い出はあまりない。

 人懐っこいハンクが、知らない移民とも分け隔てなく親しくしていたのは覚えている。


「了解です、行きましょっか」


 ハンクのフットワークの軽さは尊敬に値する。ヨアと打ち解けるのにも時間はかからないだろう。




「――ヨア様、俺に会ったことありますよね」


 その場にレイはいなかった。

 ハンクと二人きり、少し気まずい思いでヨアは軽く首を傾げて見せる。


「城の中ですれ違うくらいなら普通にあり得るだろうね」

「そうじゃなくて。もっと昔の話ですよ。思い当たりないんですか?」


 …いや。覚えている。結構、いや、かなり鮮明に。

 忘れるわけがない。先生のことも、そこで平民のように過ごした日々も。


「覚えてたんだね」

「俺、人を覚えるの得意なんで。アンタみたいな美形に出会うこともそうそうないし。てか隠したいなら偽名でも使えば良かったのに。」

「まさか当時の知り合いが入ってくるとは思わなかったんだよ」


 これは嘘だった。

 先生は有名な師範だ。ハンクやレイ以外にも教え子はいたし、どれも将来有望の優秀な子ばかりだった。


 それでも「ヨア・セブンス」がよかった。あの二年があって今があるから。この名前に拘っておきたい。


 ハンクは「ほーん」と呟いてニヤリと笑う。


「なのに師匠の育て子を専属騎士にするんだ?ふーん?」

「それは…。」


 とりあえず信頼できる騎士が欲しかっただけで、具体的に誰を選ぶかはダウン団長に一任していた。

 あそこでレイが来るのはヨアが望んでのことではない。取り入る理由がある分、都合の良い展開ではあったけれど。


「ま、何を隠していようが、レイに迷惑かけなきゃなんでもいいさ。」


 迷惑をかけるつもりなんてさらさらない。

 王家の面倒ごとに多少巻き込んでいる自覚はあるが、少なくとも彼女の今後には影響しないように計画していたし、むしろ彼女が騎士を辞めると言うから遠慮なく巻き込んでいる部分もある。


 というかふと思ったがハンクはレイのなんなんだ。保護者か。仲良すぎやしないか。

 城を出る時から思っていたが、レイの言葉が遠慮なく雑だ。恐らく心を許す相手への喋り方なのだろう。

 その姿は貴重なもので少し嬉しくありつつも、ハンクがいささか羨ましい。


「俺も出来るだけ彼女の望み通りになるよう努力しているけどね。俺で賄いきれなければ君が彼女を支えてやってよ」

「結局俺かよ」


とハンクは笑った。十年前の青春を思い出して笑みが溢れた。

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