第18話 追憶

 定期的に、眠れない夜が来る。


 過去のこと、未来のこと、様々な思考が頭の中を巡り巡って眠気を妨げる。


 寂しい夜、思い浮かぶ顔が二つ。




 レイがまだ見習いだった頃、当時唯一だった女騎士が一人、いなくなった。

 かつて、父の姿に憧れ自ら騎士の道を進んだという先輩。

 彼女は、故郷である東の村の支部へ異動になった。


 国家騎士団は王国各地に支部を持つ。

 だがメインは城下町支部で、地方の支部の方は主に村の警備程度しか仕事のない、騎士よりも自警団に近い組織だ。


 異動が決まると真っ先にレイに教えてくれた。

 普段は食堂で済ませるご飯を、城下町まで下りて奢ってもらった。


「あなたを残してしまうことだけが心残り。」


 珍しく少しキツい酒を仰ぎながら、譫言のように彼女は言った。


 ――じゃあ、それ以外には思うことはないのか。

 …聞けなかった。


「あなたがどんな道を選ぼうと、私は応援するから。」


 そう言い残してここを去った数ヶ月後、彼女は騎士をやめてしまった。


 理由は、結婚。お相手は昔ながらの幼馴染だそうだ。


 結婚式にも参列させてもらった。

 先輩の花嫁姿は、綺麗だった。

 剣を振るう勇ましき姿よりも、よっぽど。


 ――本当はその日、聞こうと思っていたのだ。


 でもそれを見たら、答えは明白で。

 せっかくの晴れの日を白けさせる訳にもいかなくて。


 胸の奥で燻っていた疑問符はグシャグシャにして捨てた。




 ――レイが見習いを卒業して間もなく、新たに一人、女の子の従騎士が入ってきた。

 幼い頃に例の先輩に助けられたことがあり、憧れて騎士を目指してきたそうだ。


 先輩がもう職場を去っていたことにはがっかりしていたが、明るくて前向きで、物怖じしない子だった。


 ところが。


 当時、騎士団には少し困った先輩がいた。

 プライドは高く、デリカシーはない、特別腕が立つわけでもない、親のコネで入団できただけの、不真面目な騎士。


 女癖の悪い彼だ、レイにさえも言い寄ってきてどうにか追い払ったのだから、かわいい顔をしていた後輩は、言うまでもない。


 しかも、どうにもしつこかった。

 レイよりハッキリものを言うタイプだったのに、それがむしろ相手の好奇心を唆ったのか、四六時中付き纏っているようだった。


 そこで彼女は、手合わせを申し出た。

 私が勝てばもう諦めろ、先輩が勝てばもう好きにしろ、と。

 先輩は喜んで受けて出た。


 手合わせの際、レイが先輩に負けたことはなかった。

 そして彼女は、レイと同等かそれ以上の実力だった。


 ――でも、彼女は勝てなかった。


 彼女の運や調子が悪かったのか、それとも先輩の底力なのかはわからないけれど。

 事実として、彼女は負けた。


「誰も彼もクズだ」


 その晩部屋に戻ると、彼女は布団を頭から被って泣いていた。

 上手く掛ける言葉も見つからなくて、レイは布団越しに頭を撫でながら、彼女が眠りにつくまで傍にいた。


「――レイさん。私、騎士辞めます」


 一晩の激昂かと思えば、翌朝にけろりとした様子でそんなことを言われたので、思わず「なんで」と声を張り上げてしまった。


「昨日、たくさんの騎士が勝負を見ていたじゃないですか。その多くは終わった後、を囃しに行ったんですよ。あの人達にとってはこのことも、単なる娯楽でしかない。そう思ったら、なんだか馬鹿馬鹿しくなっちゃいました」


 レイには引き止める権利もなかった。


「――レイさんは、いつまで騎士を続けるおつもりなんですか?」


 彼女が城を去る日、見送りに来たレイに彼女はそう投げかけた。


 女騎士は再び一人になる。皆、いなくなった。

 事情があって辞めた者も多いし、長く続けても、大抵は結婚を機に辞めてしまう。


 レイも同じだと思っていた。

 何の変哲もない毎日、同じような一日を送って、理想も夢もないまま、その時が来れば辞めるだろうと。


 そんなレイを見透かしたように、後輩は笑う。


「先輩。クドいかもしれませんけど、一つアドバイスあげます。

――時間は、有限ですよ。」


 ああ、そうなんだろうな。

 いつまでも足踏みしている時間なんてないんだろうな。


 前へ進まなければ。立ち止まっている場合なんてない。


 ――でも、前ってどっちだ?


 進む先が見つからないのであれば、歩き出すことすらできない。

 それを続けてきた結果が、現状のレイだ。

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