第19話 イロニー
城を歩いている時、レイは、外交官長と宰相が並んで歩くのを偶然見かけた。
なんとなく気まずくて踵を返すと、その様子を丁度見ていたヨアが笑った。
――あの夜。
ヨアは、出された手紙の封を切り、目を通して、片手で口を覆った。
「単刀直入に言うと、密通の手紙だね。マグナに平和的に取り込まれるための。」
「宛先は誰ですか?」
「…ウェヌムとネブラ。宰相と、外交官長だ」
なんてことだ。マグナ外交の中枢二人。
言われてみれば外交官長はなんとなく納得できる。
彼の外交は外から見ると、どうにも危機感が薄いというか、受け身というか、妙に腑抜けて見える。
それも裏で繋がっているからだといえば腑に落ちる。でも。
宰相もだなんてきいていない。
ズル賢いと有名な彼のことだ、彼らしい選択ではある。
マグナがソルアラを欲しがれば、戦争ではこちらは勝つことができない。そこで先にマグナに擦り寄っておくことで保身しようとしたのだろうか。
「どうしますか?国王陛下に提出しますか?」
名義の上ではこの国のトップは国王だ。宰相と外交官長をどうにかすることくらいわけない。
ヨアはもう一度手紙を読み返して、口元にあった手を目頭まで移動させて、
「陛下も陛下で保険がないんだよなぁ」
ボソリと呟く。
そして徐ろに顔を上げ、首をふる。
「とりあえず見守っておこう。ウェヌムは頭が良いから、馬鹿な真似はしないはずだよ」
手紙はひとまずヨアに預けて、先日は話を切り上げたのだった。
――そして、時は今に戻る。
ヨアは、丁度レイを探していたところらしい。
「レイ、来週からしばらく時間ある?」
「次はどちらに?」
「砂漠の集落。城の文献じゃ足りない情報を補いに行く。」
ソルアラの西の方には砂漠が広がっていて、魔術を扱える砂漠の民が住む。
彼らの歴史は王国との繋がりも深く、かつて神話に語られる女神がこの地を去ったのも、魔に取り憑かれた砂漠の民によるものだった。
「ルートさんに任せたのでは足りないのですか?」
「それは半分は彼に取り入る口実だよ。任せっぱなしじゃいられない。」
「かしこまりました。お供します。」
「ありがとう。防寒対策忘れずにね。砂漠は夜しか渡れないから。」
頷きながら、背後に視線を感じた。きっとヨアからは見えているだろう位置から誰かが見ている。なのに彼が特に反応を示さないことが少しだけ不思議に思えた。引き籠もりを被っている、ヨアが。
だがその理由も間もなくわかった。
「ヨア殿」
しゃがれ声が響く。レイも何度か耳にしたことがある声だった。
「相変わらず忙しそうなふりをするのがお上手ですね。その職に着いたならせめて政策会議には参加して欲しいものですが」
宰相ウェヌム。
聞いたところによると、ルナの幼い頃の教育係だったらしい。
なのになぜだろう、彼の態度からは嫌悪感がひしひしと伝わってくる。
「すみません、ネブラ長官がマグナ外交に忙しいようでしたので、国内の情勢を整えるためあちこち出回っておりました。」
「そうでしたか、良い働きぶりに感謝いたします。国内の政治でしたら私が担当しておりますのでご心配なく。」
目が合ったので一礼しておく。
彼は少し訝しげにこちらをみたが、ああと納得したように口元を歪めてわらった。
「貴方が護衛の騎士ですか。ダウン殿も誠に不思議な選択をするものですね。飛躍機会を与える相手が女騎士だとは」
「口をお慎みください、ウェヌム宰相。騎士でもない貴方に、ダウン殿の侮辱は愚か、レイを腕の語る権利はない。」
苦々しくもヨアが即座に言い返したことがレイには意外だった。
元王子とはいえ、現在の彼は宰相に比べれば低い地位にいる。城の中で目立たないためにも、無駄に抵抗するべきではないだろうに。
その反論にウェヌムは、おやおや、と呟いた。
「これは失礼。ヨア殿が欲に飢えているだけでしたか。」
――ふざけるな。
思わず湧き出た殺気を、自分へのものに変えて、怒りを押し殺す。
相手は宰相だ、一介の騎士が手を出していい人ではない。
黙って目を伏せる。目を合わせたらきっとバレてしまう。
「…軽口も程々にしてくださいね。」
ヨアは一言そう返して、ウェヌムの横を通り抜ける。
レイも一礼してさっさと彼についていった。
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