第20話 過去の夢
彼の姿が見えなくなったところで、ヨアが振り向いたので、二人息を吐く。
「…ごめん、本当に。立場上俺もあんま強く言えなくて。」
「私は大丈夫です。慣れているので。」
女だからどうだとか、たかが平騎士がどうだとかはもう散々聞いてきた。
今更言われたところで痛みも感じない。
「慣れちゃダメだよ。今までの自分を無碍にするつもり?」
レイは何も言えずに俯く。
彼の言葉を肯定するつもりはない。だが、否定もできなかった。
誰かに何を言われて聞き流そうにも、繰り返し聞かされる度自分の中に刷り込まれていく。
そのうちに、侮辱を否定することを諦めるようになってしまった。
「騎士であることに誇りを持って。俺がレイを肯定するから。」
「…どうして、そこまで私を評価してくださるんですか?」
初任務のときからずっと思っていた。
何か特別功績を残しているでもない。まだ若いし、言ってしまえば女だし、腕が立つ騎士は他にもいる。
どれだけダウン団長の目を信用していようと、ここまでレイを信頼出来るだろうか。
「…実は、俺も昔レイの叔父に武術習ってたんだよね。」
「えっ?」
思わず声が出た。
師匠が国家騎士団長をやっていたのは王子ルナが生まれるよりも前の話だ。どこで接点があったというのだろう。
「王族は幼い時に教養として習わされるんだけど、臨時講師として二年くらい、夏に先生のところで。」
つまり、来ていたってことか。我が故郷に。
残念ながら記憶にない。師匠もそんな話題してくれたことなかったはず。
まぁ、彼は元々口数が少ない方だったし、ましてや自身の名誉の話などを進んでするような性格ではなかったため、らしくはある。
「――言ってしまえば、生涯騎士で居続けるなど出来まい」
不意に紡がれた言葉が、ヨアのものではないことを感じて、レイは「え?」と呟く。
「だが、夢を追いかけた経験はあの子にとっての生きる材料になり得る。戦術が直接的に将来に役に立たずとも、あの時頑張ってよかったと思える日は必ず来る――レイについて、そんなことを先生は言ってたんだよ。知ってた?」
知らなかった。
いくら無口でも、そんな大事なことくらいせめて手紙にでも書いておいてほしかった。
「どうか、嫌な経験で終わらせてしまわないで。」
ずっと諦めていた。
何故騎士になりたかったのかもう覚えていない。
思い出すことさえ諦めた。
夢を見たって、女のレイは、飛び出た才能のないレイは、平凡の群に呑まれるだけだ。
でも、過去の夢は捨ててしまうにはあまりにも勿体無くて。
新たな夢を見つけて追い掛ける勇気はなくて。
手放す覚悟ができないまま、変わり映えのしない、実を結ばない日々を送っていた。
彼の専属騎士になったことも、偶然の機会をたまたま団長が目に止めて与えてくれただけだと思っていた。
引き籠もりの副外交長官如きに立派な騎士様をつけるには勿体無いのだろうなと。
…まさか、廃嫡された王子だなんて。
ここまで大きく流れが変わるだなんて誰が予想できただろうか。
良い方に転ぶか否かはまだわからないが、予感としては割と良い。
つまらない人生に変革を起こせるかもしれないと期待している。
「だから、評価というよりも背中を押したい気持ちが大きいかな。尊敬する先生の育て子だもの、忖度してもいいでしょ。」
ヨアが悪戯っぽく笑う。師匠を思い出して、思わず口角が緩んだ。
「今度、一緒に行きますか?」
「え?どこに?」
「私の故郷」
レイの故郷は、南西の海沿いにある小さな村だ。そこで師匠に武道を習い、幼少期を越した。
夏になると毎年、幼馴染のハンクと共に帰郷するのが恒例行事になっている。今年はそれにヨアを連れて行っても良い。
「光栄だね。久々に先生に挨拶したいな」
さぞ嬉しそうに彼が笑ったので、レイはこくりと頷いた。
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