第16話 月は望む

 夕方になって城の隅へ向かうと、すれ違いざまに、両腕いっぱいに書物を抱えたサンズ王子と出会った。

 レイが立ち止まって礼をすると、向こうは本を落とさないようゆっくりと会釈をして、「お疲れ様です」と微笑んで立ち去った。


 ――なんて素敵な王子様。


 目的の部屋に入ると、向こうは部屋を片付けている最中だった。


「もしかして殿下に会った?」

「はい。たくさん本を抱えていらっしゃいました」

「さっきまでマグナ語の勉強を教えてたんだよね」


 ということは、この方はマグナ語の知識があるということか。

 名ばかりの外交官ではなかったようだ。


 座って、と勧められて大人しくレイはテーブルにつく。


「さて、何から話したものか…。」


 彼はレイの対面側に座って、舌で軽く唇を潤した。


 最終的には全部聞き出すつもりではあるけれど。

 まずは順番に。


「――貴方は、誰ですか?」


 答えのわかりきった質問だ。表現も曖昧で、ふにゃふにゃしている。

 それでも、目の前の彼はこちらの意図を汲んで、正確に、レイが欲しい情報を答えた。

 

「俺の名前は、ルナ・ソルアラ。四年前まで王国の第一王子だった。」




 ――十九年前、ルナは第一王子として生まれた。

 が、体が弱かった王妃は、その際亡くなってしまった。


 また、ルナが生まれると同時に国を封じていた結界が消えた。

 女神復活の予兆だと示唆する者もいれば、魔王が女神を破った証なのではないかなど、当時はあちこちで噂された。


 九年後、陛下は新たな王妃を迎え入れ、その翌年に第二王子サンズが生まれた。


 その時議会内は二つの派閥に分かれた。

 簡潔にいうと、ルナ派とサンズ派の二つ。


 懸念すべきは、当時からしたら十年後に起こる魔王戦。

 生まれた瞬間にまるで結界を破ったかのようなルナを、吉と捉えるか凶と捉えるか。ルナを失った王族が、その歳で魔王を封印できるか否か。


 サンズが生まれてまもなく、ルナは「王子としての振る舞い」を放りだした。


 勉強の時間には部屋を抜け出し、図書室にいれば良い方、中庭を彷徨き、しまいには一人で街まで下りて行く。

 会議や式典の時さえも無断欠席し、陛下の隣は空席が常習化した。

 だから悪評があちこち飛び交い、まもなくその座も置かれなくなってしまったという。 


 状況が動いたのは、四年前。

 十五歳で成人したルナは、自ら王室を出ることを陛下に提案した。


 陛下は元々サンズ派寄りであった。

 ただ、魔王戦のことを危惧して廃嫡の判断を下せずにいた。元々ルナはそのために結婚して産まれたといっても過言ではなかった。


 しかしこれを機にサンズを正当な王位継承者とする。


 ただし、ルナを完全に排除はしない。魔王復活まで王城で働くことを条件とした。

 ルナもそれに合意し、副外交長官の地位と、ヨア・セブンスという名を手に、城の隅で仕事をすることとなった。


 別に、わざわざ隠れる必要はなかったのかもしれない。

 廃嫡に関しては不名誉なことではない。半ば、家庭のいざこざのようなものだ。


 それでも人の目を避けた理由の一つは、ルナが望んだから。

 他に理由があるとすれば、陛下のせめてもの気遣いだろうか。


 元王族というルナの肩書きが今後の彼の人生を縛らないように、という目的もあるだろうし、サンズを優先したことを疚しく思う心情のせいあったかもしれない。


 こうして、結果的にはサンズ派の勝ちという形で収まった。

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