第15話 予感
約束のその日の昼、レイは珍しく図書室を訪れ、歴史書の文献を漁った。
理由は、魔王や王族について改めて調べておこうと思ったからだ。
一応ソルアラ史は叔父の士官学校にて履修済みではあるが、それもかなり昔の話。
騎士となってからは腕を磨くことに必死で、わざわざ勉学に励む機会などはなかった。
「――おーおー勉強なんてお偉いですねー」
どれくらい経っただろうか、突如聞き慣れた声が背後からとんできて、レイを過去から現在に引き戻した。
「偉くはない。気になったことを放置するのが嫌なだけ」
「なるほど?じゃあ単なる真面目か」
「…もう好きに言ってて」
「怒んなって」
そう茶化しながらレイの左隣に遠慮なく座ってきたのは、幼馴染のハンクだった。
年は彼の方が三つほど上だが、同じ村、隣の家、同じ師範の下で育ち、今でもしばしば手合わせをしている腐れ縁だ。
「そういやお前、副外交長官様の専属騎士になったんだって?おめでとさん。」
「ありがと」
「名前は確か、ヨア…セブンスだったか。俺、城にいてもあの人のこと見たことすらないんだけど、どんな人なんだ?」
「ビジュがいい」
「はは、お前面食いだもんな」
「そんなことはない」
「そうかそうか」
丁度集中が切れてきた頃だったとはいえ、ダル絡みは受け付けていない。
向こうもそれを察してかすぐに軌道を修正する。
「仲良くやってるか?」
「それなりに」
「困ったことないか?」
「和解した」
「仕事は楽しいか?」
「質問攻めやめて」
丁度今、色々と混みあっているところなのだ。下手に情報を漏らしたくない。
いくらハンクが信頼できようと、彼が私を心配しようと、たとえ私がヨアについて思い悩もうと、秘密は決して漏らしてはならない。
ヨアが騎士を雇用する際に出した条件の一つは口が堅いこと。
レイの利害にとっても、彼のためを思っても答えは明白だ。
「すまん、けど、心配してるんだよ」
「子供じゃないのに」
「お前の兄貴分だからな」
否定はしないけれど。
ハンクは本当に、血の繋がらない家族のようなものだ。彼の気遣いには日々感謝している、けれど。
――予感として、彼と道を違える日もそう遠くないと感じていた。
「今度紹介してあげるよ。」
あの方にとっても、信頼出来る人は少ないより多い方が良いはずだし。
何よりレイ自身が、あの方のことをハンクに知ってほしい。
「おうよ。くれぐれも自分大事にな」
話したいことが尽きたようで、ハンクは手を振って背を向ける。
そしてレイは再び歴史書に目を落とす。
一冊軽く読み終えて、二冊目は目だけ通そうとその文献を捲った時、薄い封筒がページの隙間から滑り落ちた。
裏表宛名も何も書かれていない。封筒の形が特殊で、ソルアラで使われているものとは違うようだ。最近よく見るから、おそらくマグナ連邦などの外国で使われているものだろう。
きっと誰かの忘れ物だ。挟めたままにしておこうと思うも、ふと疑問が過った。
――何故こんなところに手紙があるのか。
封筒を見るに、向こうから送られてきた手紙だろう。糊付けされているから、一応届けられる状態ではある。
けれど正式な書物ならば、こんな図書室に寄り道するより先に渡しに行くはずだ。そもそも大事な文書に宛名や送り主の名が書かれていないわけがない。
しかし、個人的な手紙だとしても、ここにあるのは変だ。
基本的に城に届く手紙は、郵便係の使用人によって直接渡されるか部屋に届けられるかするのだから。
というかよくよく考えれば、宛名の無い手紙を届けることは出来ないのだから、使用人の忘れ物の線も低いだろう。
となると。
誰かが意図的にここに挟めておいた?何のために?
――誰かと秘密裏に文通するため。
そうじゃないとしたら、偶然が重ならないと状況は出来上がらない。
郵便係がたまたまここに用があって出入りし、忘れてしまったか。
あるいは、向こうの国の封筒を気に入った城の誰かがここで手紙を書こうとしたか。
どちらにせよ考え難い話だ。郵便係はここに入る理由がないし、誰かの忘れ物ならきっと糊付けなんてされていない。
――考えすぎ、ではないと思う。現状の国内を眺めれば、疑えるものなどいくらでも見つかる。むしろ信頼できるものの方が少ない。
誰が信頼できる?誰が裏切り者?
その時、ゴーン、と重たい音を鳴らしながら時計が時刻を告げた。
そろそろ行くか。
レイは小さくため息をついて、手紙を懐にしまい、席を立った。
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