参 自己を物語る覚悟はいいか

第14話 陰る太陽

 以降、ヨアは外出の都度連絡を入れるようになった。

 出発の三日以上前には声をかけてくれてとても助かる。


 やっぱり、今までの無断外出はわざとだったのだなと感じざるを得ないが、過去のことはもういい。

 今とこれからが、当分の間約束されているならいい。目を瞑れる。

 

 だから、ヨアが未だ隠しているのであろう秘密にも、触れる気はなかった。


 先日見せてくれた世界への憧憬も覚悟も、嘘ではないとわかっているから。

 

 ここから先は、誰しもが抱えているような秘密、知らなくていいこと。他人が容易に踏み込める範囲ではない。

 そう割り切って、レイなりに上手くやっていくつもりだった。



 山に登ってから少し経ったその日。

 外出から帰ってきて、「じゃあまた、」と背を向けた直後のことだった。


 丁度、レイのいる位置がからは死角になっていて、きっと姿が見えていなかった。


「――兄様!明日、お時間いただけませんか?」


 突如飛んできたその幼い声に、レイは思わず傍にあった茂みに隠れて気配を消した。


 ――今の声、


 それに応えたヨアの声が、記憶と比べると微かに上ずって聞こえた。


「日中で良ければ、お伺いしますよ」

「ありがとうございます!」

「それから、殿下。部屋の外ではヨアとお呼びください。」

「え、ふたりきりでもですか?」

「ええ、外では傍に誰がいるかわかりませんから。」

「わかりました…。では、明日はよろしくお願いします、ヨア様。」


 パタパタと、まだ軽い足音が遠ざかっていく。

 それが聞こえなくなってからもしばらく、レイはしゃがみ込んだまま影から出てこられずにいた。


「いつまでそこにいるつもり?」


と彼が顔を覗かせて、ようやくレイは顔を上げる。


 聞かれてはいけないものを聞かれたというのに、その口角は笑みを作っていた。

 でもいつもの綺麗な笑顔じゃない。こちらを見下ろしているせいだろうか、瞳に陰りを宿していた。


 触れるべきではない。

 触れてはいけない。

 見ないふりをするが安全。

 面倒ごとは御免。

 レイには関係ない。


 ――そんなわけ、ない。


「…二十年前に生まれた王子は、どこですか?」


 レイは既に、なぜヨアが第一王子を呼べる状況にあるのかを、ルートがわざわざレイに尋ねた問いの意味を、正確に理解していた。


 質問の答えは、「ここ」だ。


 先程の、天真爛漫な少年――あの方は、我がソルアラ王国のサンズ王子だ。


 あの方が兄と呼べる存在など、たった一人を除いてどこにいるという。

 おままごとでも彼に兄役なんていていいはずないのだ。洒落にならない。


 長い睫毛がゆっくりと瞬きをし、筋の通った鼻で、すう、と息を吸う。

 そして、妙に通る声を届ける。


「知る覚悟は、ある?」


 陰った瞳の奥で、この方は今何を考えているのだろうか。


 非難。後悔。

 レイに対しては?弁解か。自責か。


 どちらにせよ、もう引き返す気はないだろう。

 レイとしても、後にはもう戻らないつもりだ。


 出会って任命されてまだ間もないというのに解雇は厳しい。ようやくありつけた職務を失うには勿体無いのも一理ある。

 

 ただどちらかというと、レイはヨアに希望を見ていた。


 その場に立ち上がって、その眼を見据える。


「教えてください。」


 ようやく光を受け入れた二つのひだまり色が、レイを見つめた。


「明日の夕方、部屋で待ってる。」


 そこには、決意をまとった光彩が宿っていた。 

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