第12話 雪嶺

 ――寒い。寒い。

 南の方の村出身であるレイには、この寒さはあまりに酷だ。


「もう少し日が昇ったら暖かくなるはずだよ」


 白い肌を林檎のように赤く染めたヨアは、気休めのような言葉を唱えてひたすらに雪道を進む。


 色彩のない世界。あたり一面真っ白で、距離感がいまいち掴めない。

 顔を上げれば、遠く見える山の尾根と、絵具で塗りつぶしたような青が視界を覆う。白い雪が空の色を反射して、チカチカと眩しい。


 次にヨアが赴いたのは、山だった。

 山の民が住まう、北の雪山に登ると言った。


 この山は国境の要だ。

 女神の結界が解けてから、北に広がるマグナ連邦の南部国とはしばらく紛争状態にあった。

 そこで国の要塞として山の民は活躍していたのだった。


「お久しぶりです、ヨア様。」

「こんにちは。お変わりありませんか。」

「はい。そちらこそお元気そうでよかったです」


 レイたち一般民と比べると随分大柄な山の民が出迎える。

 彼らの集落は、山腹あたりに位置していた。

 木造建築の茶色が目に温もりを与え、そこでようやくレイは一息ついた。


「おねえちゃん、騎士様?」


 と思えば、山の民の子供たちが寄ってきた。

 みな分厚い毛皮のコートを被っていて、ムクムクとしたフォルムがなんだか可愛らしい。


「うん」

「王様を守るの?」

「王様だけじゃないよ。みんなを守るの」

「いいな、かっこいい!」


 目を輝かせて耳を傾ける姿には思わずほっこり。


 しかし間も無く、胸の奥に、ドロドロと重たい何かが湧いてくるのを感じた。


 果たして自分は、かっこいいと言われるような騎士様だろうか。

 才能に恵まれているでもなく、努力の結果が甚だしいわけでもない自分は。


 騎士という職は大好きだ。

 確かに自分が選んだ夢だったはずだ。


 きっと自分には勿体なかった。

 他にどこか居場所がある気がした。

 だけど、せっかく捕まえた夢を手放す覚悟はなかった。


 こんな黒い気持ちを抱えたままで、騎士を誇る権利など…。


「かっこいいでしょ。今は俺を守ってくれてるんだよ」


 不意に、背後から陽気な声が飛んできた。


「ヨア様を?」

「そー。専属の騎士なんだ。」

「へー!強いんだね!」

「強いよー」


 あまり無責任に強いとか言わないでほしい。実際彼はまだ、レイが剣を振るう姿を見ていないはずだ。


 ところが、美人が子供と平和な会話をしている姿を見ていると、なんだか心が和らぐのを感じた。

 悔しいが、憎めない。


「もう少し登ろう。見せたい景色があるんだ」


 ひとしきり子供たちと戯れた後、ヨアはこちらを振り向いて、再び歩き出した。

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