第10話 物言い

「いらっしゃい。お茶飲む?」


 ヨアが城に戻った報せを受け、すぐさま部屋を訪れたレイに対し、彼は呑気にティータイムを過ごしていた。


「…いらないです」

「そう?お菓子は?」

「いりません。」


 レイの心境にそぐわない空気に呆れて言葉も出ない。

 せっかく、少しばかりいい印象を抱いていたのに。


「私の護衛が必要ないなら、なぜ私を雇ったんですか?」


 驚いたことに、初仕事を終えてから既に二度ほどヨアは城を出ていると聞いた。

 だがレイには一度たりとも連絡が来なかった。


 団長に訳を話すと「レイに非はない」と認めてくれたが、こっちとしては納得いかない。

 だからわざわざ城の隅まで訪ねてきたのだ。


 この質問に対し、「んー…」とヨアはしばらく考え込んだ。

 

 考え込むようなことか。

 まさか考え無しに置いて行ったわけではあるまい。

 それとも言い難いことでもあるのか。


 パッと顔を上げたヨアは、相変わらず読めない笑みを貼り付けていた。


「友達が欲しかったから、かな」

「…ふざけてます?」

「大真面目だよ」


 こちらの反応を見てニヤニヤと笑う姿が苛立たしい。これで真面目なわけがない。はぐらかされた。


「言ったじゃん、一対一の個人として仲良くやろうって」

「強制しないと言っていました」

「うん、だから、君が嫌なら友達は諦めるよ」

「そうではなくて」

「うん?」


 首を傾げてこちらを見上げる顔も、とぼけたフリしてわざとらしい。

 なんかもう、怒っている自分の方が馬鹿馬鹿しくなってきた。


「お願いがあります。」

「なんだろう?」

「一人で出かけないでください。」

「その願いを聞いたら、友達になってくれる?」


 さっきから友達友達となんなんだ。


 そもそも友達なんて作るものじゃない。一緒にいれば勝手にできるものだ。

 出会って日も浅いどころか、心の内を隠し合っている今の状態では友達とか言っている場合じゃない。


 黙りこくったレイの答えに、「じゃあ」とヨアは立ち上がって、窓際の二人がけのテーブルに移動する。

 その机の上にある箱を開けると、中には彼がよく並べて遊んでいる盤上遊戯が入っている。


「賭けをしようよ」


 ――賭け。


「俺が勝ったら、友達になって。レイが勝ったら今のまま。参加特典は、これから先俺が出掛けるときにきちんと連絡を入れるようになる」

「…本当ですか」

「もちろん。嘘じゃないよ」


 だとしたら、レイの方には分の良い勝負な気がする。

 勝っても負けてもこちらの望みは叶う。

 負ければ少し面倒かもしれないけれど、彼の所在を案じながら日々過ごすことになるよりはいい。


 レイは、ヨアの対面の椅子を引いた。

 その様子が確認されると、箱の中から盤と駒が取り出されていく。


 最後に箱から出てきたのは、褪せた硬貨だった。

 ヨアはそれをこちらに掲げて、


「数字の方が裏ね」


と確認する。


 コイントス。

 軌道が逸れることなく、天井へ垂直に飛んでいく。束の間、動きを止めたと思えば、次の瞬間には重力に引かれて落ちていく。真下で待機していた白い左手の甲にもう片方の手が覆い被さって、その小さな落下物を捕まえた。


「どっちがいい?」

「じゃあ、表で」


 彼が右手をひらけば、中にはコインが入っている。


 光を受けて、彫られた翼の凹凸がキラリと煌めいた。

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