第8話 塔の訪問者

「――貴方のゴールはどこですか?」


 突如空に浮かんだ質問にヨアは眉をひそめる。

 ルートは、再び年齢不詳の表情かおに戻って、ゆっくりと瞬きをした。


「連邦との交渉も貴方がメインで進めていると聞きます。その上対魔の体制も整えるなんて、素晴らしい仕事ぶりでしょう。なのに昇格したがらない貴方は何がしたいんですか?」


 知らなかった。

 実際城の中にいると、それこそ引き篭もりとかいう噂ばかりが飛び交って、ヨアの功績はほとんど耳に入らない。

 

 きっと、本人が隠していたのだ。

 昇格したくないから。変人と思われる必要があるから。


 具体的にはどのような理由かは計り知れないが、たった数日接しただけでも、彼が賢い人間であることくらいわかる。

 彼はきっと何か大きな秘密を抱えている。

 

「…俺は、血筋とか家柄とか、あるいは性別なんていうステータスが嫌いなんですよ。

誰にだって好きに生きる権利はある。決められた道筋を拒む権利がある。

俺はただ、好きに生きようとしているだけ。そのために今頑張るんです。」

「欲張りですね。今ある地位でさえも満足できないというんですか?」

「欲張り?むしろ謙虚でしょう。今貰える地位をむしろいらないと言っているんですから。」


 話の内容が見えない。が、いくつかわかったことはある。


 まず、ルートはヨアの秘密を知っている。少なくともレイよりは彼の事情に詳しい。

 王国の事情も正確に把握していると言っていた。きっとどこかに確かな情報源があるのだろう。


 二つ目、ヨアは合理的な自由人ということ。

 変人を演じているが、国のため――正確には何か自分の目的を達成するためなのだろうが――に、動く意思も行動力もある。


「ま、わかりましたよ。最後に一つだけ聞いても良いですか?」


 ルートはくすりと笑って、レイを見た。その笑顔は、いたずらっぽい子供にように見えた。


「二十年前産まれた王子様って、どうなったか知ってます?」


 こちらを見ているということはレイに聞いているのだろうか。

 なぜ?その辺はきっとヨアの方が詳しいだろうに。

 チラリとヨアを見るが、ここからは彼の顔は見えない。


「…知りません。私は騎士団の中では下っ端で、城の内情にはあまり詳しくないので。」


 二十年前に生まれた王子…名前は忘れてしまったが。確かに、今となっては彼の名は聞かない。

 彼の母である王妃は、産んだ際に命を落としてしまったとか。その後新たな王妃が迎え入れられ、間に生まれた第二王子サンズの方が正式な後継者だと聞いている。

 第一王子の行方はいつの間にかわからなくなってしまった。心配する民ももういないのではないか。


「そう。」


 短い返事の後、ルートはヨアに視線を送る。

 貴方は知ってますよね、と言わんばかりに。


 ヨアの肩がゆっくりと下がるのが見えた。


「…四年前に王族の家から出ています。それ以降のことは、個人情報になるので何とも。」


 なるほど。それはなんとも可哀想な王子。現王妃との間に男児が生まれてしまったばかりに。

 勿論それだけが理由ではないのかもしれないが、家を追い出すとは王も非情なものだ。


「ところでどうしてそんなことを聞くんですか?」 

「だって、第二王子は若いどころか幼いでしょう?そこも僕が懸念してるポイントの一つです。果たして彼に魔王を封印できるのでしょうか?」


 サンズ王子はまだ十歳にも満ちていない。

 その上現陛下も、あまりお若くない。

 王妃は直属の王族ではないので力を継ぐことはできない。


 本来受け継がれるはずだった第一王子以外に魔王封印に適する者がいない現状もまた、問題ではある。


「…第一王子を呼ぶ準備はあります。ご心配なく。」


 びっくりしすぎて思わず一歩引いてしまった。

 ヨアがどれだけ広い視界で世界を見て、広い伝手をもって生きているのか疑問に思わざるを得ない。


 だがルートは何一つ疑問に思う様子もなく、そう、と微笑んだ。


「わかりました。では、魔王と女神に関することはこちらで調べておきます。貴方は、マグナ交渉の方に力を割いてください。」


 また会いましょう、と不相応に若い声が言った。

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