第6話 白々しき問答

「初めまして。私はソルアラ王国で副外交長官を務めている、ヨア・セブンスと言います。お会いできて嬉しいです。」


 今回のヨアは、変人を演じない方針で接すことにしたようだ。そこはやはり国の人間だということを弁えるのだろうか。


 塔の頂上、ひらけたフロアに件の人物は立っていた。


 無造作に伸びた茶髪と、緑色に輝く眼が印象的だった。風貌からして砂漠の民出身だろう。

 年齢は判断できない。肌の質感や顔立ちなどを見るに成年前後のように見えるが、もっともっと、長い時を生きてきたことがわかる。事前情報がなかったとしてもきっと察せられたであろう。


 どこか遠くを見つめる静かな眼のせいだろうか。

 それとも、貼り付けられたかのような薄い笑みのせいだろうか。

 どちらにせよ、彼はそこらにいる単なる若者ではないことは確かだ。


「こちらこそ光栄ですが。貴方そんな丁寧な挨拶をする立場じゃないでしょ。もっと砕けて良いですよ。」

「いえ、とんでもないです。自分よりずっと長い時を生きてこられたと聞いているので。年長者には敬意を払わなければ。」

「本当にそう思います?」

「え?」

「年長者には敬意を払わなければならない」


 ヨアは困ったように笑い、緩く首を振った。


「人は選びますが。少なくとも貴方は、私にとって尊敬すべき相手です」


 塔の住人は可笑しそうに笑い、質問を続ける。まるでその訪問者を試すかのように。


「どうして貴方は、僕を尊敬すべきと判断するんですか?」

「純粋に経験の差です。千年生きたというだけで誇るべき功業だと思いますし、しかも貴方は魔王復活を二度ほど生き延びている。ぜひ仲良くしてほしい相手です。」

「誇れるほど貴重なことでしょうか。この国には不老長寿の森の民がいます。」

「外から見えるほど、この国はまとまっていませんよ。森の民は確かに王家に従属しましたが、実際は反逆しないよう王家が誓わせただけで、忠義が確かなわけではありません。」

「――それを、この場で言ってもいいんですか?」


 二つの視線がレイに移る。

 

 この国は王の手により統一された。

 多くの人々はそう信じている。信じさせられている。王国の裏事情を知るものは城にいるものでも少ない。

 レイは当然前者側だった。


「彼女は私の専属騎士になってもらったんです。私と共に行動する以上、国の事実を知るのは不可欠になります。信頼できるので問題はありません。」


 いいやレイ側に問題がある。余計な情報を耳にすることで面倒ごとに巻き込まないでいただきたい。レイとしてはただ平穏に生きられればそれで無問題なのだ。

 勿論そんな心の声は口にできるはずもなく、レイは軽く目を伏せる。


「そう。貴方の名前は?」

「レイ・アクアです。」

「じゃあレイさん。貴方は、僕について彼から何を聞いてる?」


 レイは、ただ会いたい人がいるから護衛についてきてと頼まれただけだ。あとは軽く噂になっている内容を聞いただけで、恐らくヨアが持っていた情報全てを与えられたわけではないだろう。


「…ほとんど、何も。数百年もの間この塔に棲みついている人がいるとだけ。」


 この言葉を受け、塔の住人は何かを言いたげにヨアの方に視線を移し、軽く眉を持ち上げる。その視線の先で艶のある赤毛がゆるゆると頭を振った。

 互いが何を伝えんとしているかは察しがついたが、レイに非はない。


 緑眼が再びこちらを向いて細い三日月型に歪んだ。


「じゃあ教えてあげよう。僕はルート。森の民以外では恐らく唯一の、不老長寿の人間。」

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