第5話 ありし憧憬
ヨアは塔の壁に背を預けてしゃがみ込み、真っ直ぐな瞳でレイを見つめた。
「待ってる間話をしよう。俺の第一印象は?」
思わず苦笑いを浮かべる。
暇つぶしに親睦を深める会話をする理屈はわからなくもないが、ここで第一印象を聞くものか。
こういうのは普通、相手の好きなものなどを聞くところから始めるものでは。
「…ビジュのいい変人ってところでしょうか…?」
見た目は誰が見ても好印象だ。レイだって、中身を全無視するならヨアが好きだ。
だが何を考えているか読めない行動――妙に人好きの良い笑みだとか、公私の区切りを有耶無耶にするところだとか、透明な本意がこちらの警戒心を引き出す。普通からかけ離れた印象を持たせる。
この返答にヨアは声を上げて笑った。あまりいい気はしないはずなのに、彼の笑い声は心から楽しそうで余計調子が狂う。
「そりゃビジュにはわりかし自信はあるけどね。変人ではないよ。むしろ賢く生きているつもりなんだけどな」
「だとすれば、常人にはきっと理解できないほど聡いのでしょう。」
「俺だって平凡な一国民でしかないよ。あと、それを言うなら君は常人より
――彼はきっと、レイに学歴があることも知っているのだろうな、と思った。だから、
だが一緒にしなくていい。レイはそこまで賢くない。
「私は、戦術家です。戦略家のあなたには到底及びません。」
穏やかな顔が、「戦略家」と呟く。
だってそうだろう。人と交渉する外交は戦略の分野だ。
「本当なら貴方たちのように裏で戦略を考える生き方の方が聡い。けれど私はそちらの世界で生き抜くほど賢くなかった。それだけの話です。」
レイだって本当は戦略家側を選ぶべきだった。女の私じゃ、ただ腕を磨くだけではどう頑張っても騎士の道では生き抜けないと教わって、折角師匠から戦略を学んだのに。
盲目に夢を追いかけた結果が今の私だ。騎士でも国の官でも、どちらにしたって偉くなる身分も頭脳も肉体も足りなくて、平騎士の道でやっと許されているようなものだ。
軽く首を傾げて、ヨアはこちらを見上げた。
「…騎士は、嫌い?」
まさか。
「大好きですよ」
好きとか嫌いとか、そういう次元ではないのだ。
多分、レイには向いていなかった。それだけの話だ。
「…なるほど、だから辞められないわけだ」
すべてを見透かされたようで、居心地が悪くなった。ここまで深く話すつもりはなかったのに。
ヨアは相変わらず穏やかに微笑んで、唱えるように言った。
「大丈夫だよ。君は強くて聡い。君の存在がいつか必ず誰かを救い、君自身が救われる日も必ず来る。」
「…女神ルクスの御加護のもとに?」
言った後で、これは蛇足だな、と思った。半ば皮肉のつもりで言った。
だが意外にもヨアは、
「そんな安価な祈りじゃないよ」
と軽く眉を歪めてわらった。
街中で叫ぶ宗教活動家も、城に仕えるシスターも、女神の御加護を唱えた。それは無条件の救済を祈る言葉だった。
だがレイにとってその言葉は気休めですらない。現実はそう簡単に報われないことくらい経験で知っていた。
城の官を務めるヨアはてっきり、
「未来というのは本来、自分で切り開くものだよ。俺は、レイが未来を切り開こうとしたこと、それ相応の努力をしたことを認めている。俺が女神の加護を唱えるなら、それはその努力が報われることを祈る言葉だ。」
――どうして。
だってレイは、まだ何も成せていない。憧れたから騎士になっただけだ。結果自分が男社会に揉まれて惨めな思いをするなんて考えもせずに。
今は気持ちが挫折を向いていて、でも他にやりたいこともないから惰性的に続けているだけ。
別に立派でも何でも無いのに。
どうしてヨアは、レイが欲しい言葉をくれるのだろう。
「…扉、開いたみたいですね」
え、と呟いて彼が振り返ると、入口を閉じていた膜のような壁が消えている。
見えるのは暗がりに浮かぶ螺旋階段。昼間であっても中まで日差しは届かないようだ。
ヨアが徐に立ち上がり、足を踏み入れる。話が中断したことに安心を覚えて、少しだけ湧いた寂しさには見ないふりをして、レイはヨアの背を追った。
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