9 二千年の鎖
――そしてそれは、やっぱりとてつもなく重たい鎖だった。
痛い。痛い。痛い。
手術の終わったわたしは、忍安に背負われて、自宅に帰った。麻酔が効いてる間はよかったけど、永遠に続く麻酔なんてない。足だけじゃなく、頭まで痛くなってくる。
足の先端がギリギリとしめつけられて、とてつもなく痛い。わたしがベッドで休んでいると、ママが部屋にやってきた。手には、なにか変な棒を持ってる。
「さあ、紅玉。歩く練習よ」
「な、なにいって……」
「歩きなさい!」
ママが手にしているもの、それはなんとムチだった。ムチがひゅっと鳴って、わたしの肩を打つ。一瞬、足の痛みを忘れるくらいだった。
「いたいっ!」
「それが嫌なら歩きなさい。さあ、ベッドからおりるのよ」
「ママ、やめて! どうしたの?」
騒ぎを聞きつけて、忍安がばたばたとやってきた。
「お、奥様、落ち着いて! お嬢様は手術したばかりなんですよ」
「だからやるのよ。肉が固まってしまわないように。これは紅玉のためなのよ!」
「ひっ」
わたしの腕にものすごい痛みが走る。ち、血が出てる……。
「おやめください! 傷が残りますよ」
「そんなもの、整形でどうにでもなるわ。それよりも足よ! いいこと、女には足しかないの。どれだけ優秀でも、やさしくても、足が大きいとなーんにもならないの! 紅玉、歩けなくなりたいの? ほら、立って! あなたならできるわ!」
「わ、わかったよ……」
そりゃあ、お医者さんは「しばらくしたら、歩くトレーニングをはじめましょう」といっていた。
いつかは歩かなきゃならない。でもこんなすぐ? 痛い。でもママもこわい。やらなきゃ。足を床につけ……わたしはあまりの痛みに絶叫した。
古来、文人はこう語った。
「ニワトリがしめ殺される声と、纏足で足を折られる女の声、どっちが無残だろうか?」
「そりゃあ、纏足だよ。なんてったって、それから何十年も足の痛みに耐えなきゃならないんだからな」
文明開化なんてウソっぱち。骨を切断されて痛くないわけないじゃん。
「さあ、それくらいでどうしたの。立って歩きなさい!」
そして鞭。
わたしはベッドにすがって立とうとしたけれど、二三回失敗して、また鞭が飛んできて……何もかもすべてが悪夢のようだった。
「美しくなるために努力は必要不可欠よ。纏足は女の誇りなの」
ママはよくそんなこというけれど――これってむしろグロテスクじゃない?
わたしが壁をつたい歩きして部屋を一周したところで、ママが「まあ、こんなものね」といった。
そして「明日からウォーキングの先生を連れてきてあげるから。休み中はずっと歩く練習をしなさい。早くしないと、新学期に間に合わないわよ」といった。
床には、わたしの血のあとがぐるりと一周していた……。
手術はこれ一回で終わりってわけじゃない。三ヶ月後、半年後、一年後……そのたびごとに少しずつ足を小さくして、さらに布できつくしばっていく。
もちろん、高校の勉強もしなくちゃならない。痛い。足が小さくなる。また痛い。もっと足が小さくなって……。
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