第28話 親友からの餞別

「相当時間あるんだろ、小樽行こうよ、小樽」

 車をスタートさせた私に、明くんが後ろから言ってきた。小樽は私と修二くん、明くんが大学院入試のあと遊びに行ったところだし、札幌生活を始めて最初に4人で遊びに行ったところでもある。

「高速使って、あと長居しなけりゃ大丈夫か。のぞみ、修二くん、いいかな?」

 ふたりとも賛成してくれた。


 真っ白な景色の中、高速道路を進む。雪が飛ぶようにフロントガラスに向かってくる。

「わたしたちも車、買おっか?」

 せっかく前に女子、後ろに男子と乗車したのに、のぞみは後ろの明くんに話しかけた。

「お、おう。のぞみんの家引き払えば、それくらいのお金は出るか。修二、おまえの車、いくらだった?」

 車の話をしているうちに小樽についた。


 またも運河を見に行く。小樽も春が近いはずだが降雪は多い。道も真っ白建物も真っ白で美しい。今日も私ははしゃいで走ってしまい、尻もちをついた。修二くんに起こしてもらった私にのぞみが文句を言った。

「あんたねぇ、2年経っても進歩してないね」

「ははは」


 少し遅くなった昼食に、私は海鮮丼の店を提案した。私の生魚ぎらいを知っているみんなは反対したが、私は修二くんに北海道のおいしい魚を食べてほしかった。

「茨城も魚はおいしんだろうけどさ、種類も違うから」

 お昼を過ぎていたのであまり待つこと無く店内に入れた。私は天ぷら定食にした。あたたかい天ぷらは美味しかった。


 小樽滞在はそれで打ち切る。ガラスのお店も最後に覗いてみたかったが、荷物を増やしてしまいそうだ。心のなかで「また来れる」と何回も唱えて高速に乗る。札幌を通過し苫小牧へと車を南下させる。

 修二くんと二人っきりだったら二人で2回行った思い出のファミレスによるのだけれど、のぞみと明くんには秘密にしたくて話題に出さなかった。修二くんも札幌通過まで口数が減っていたから、思いは同じだったと思う。


 事故るわけにはいかないので慎重に運転したけれど、苫小牧にはあっさり着いた。車をフェリーにいつでも載せられるよう手荷物を整理して、いったんフェリーターミナルのレストランに陣取り、真美ちゃんを待つ。早くもいただいたみかんに手を付ける。


 フェリーの乗船は、ドライバーとそれ以外の乗客で別になる。ドライバーは出港時刻のかなり前に車に乗って待機し、係員の指示に従って運転して乗船、車を固定したらそのまま船内に移動する。一般の乗客はターミナルから渡された橋をわたって乗船する。こちらはそれなりに時間の余裕がある。真美ちゃんが通常の乗船時刻に間に合うように来るとすると、私と真美ちゃんは船内で落ち合うことになる。それはそれで構わないが、私が車に乗り込む時刻は伝えてはあった。


 なんとなく、ソフトクリームを食べたりSHELの人たちへのお土産を買い足したりしているうち、真美ちゃんとカサドンは姿を現した。

「皆のもの、またせたの」

 ふたりともちょっとつかれた顔をしているのは、ギリギリまで別れを惜しんでいたためだろう。気持ちは強烈に理解できる。少し話をしていたら、私が移動する時間が近づいてきた。

「それじゃあ明くん、のぞみをよろしくね。大事にしないと、聖女の呪がいくよ」

「お、おう」

「カサドン、勉強がんばってね。とりあえず真美ちゃんはもらっていく」

 私は湿っぽくなりたくなくてふざけたのだが、カサドンはマジだった。

「聖女様、真美先輩をよろしくおねがいします。一年、一年たったら、僕も行きますから」

「うん、そうだね、真美ちゃんも一年くらい、大丈夫だよ」

「はい、ありがとうございます。それから聖女様、2年間、ありがとうございました」

「うん、私もありがと。楽しかったよ」

「はい、僕も楽しか%$#”&……」

 カサドンは泣き出してしまった。

「カサドン、大丈夫だから、質問とかあったら、SNSとかビデオ会議とか、いつでもいいからね」

「ふぁい、おねぐあいしますぅ……」

「うん、うん」

「ぶおくうゎ、すぇいじょさまのおかげで、べんきょおも、まみすぇんんぱいも、」

「うん、うん、わたしも、ありがと」

 

 私の腕をつかんで泣き崩れるカサドンを、真美ちゃんは横から抱いて支えてくれた。

「聖女様、時間があるのじゃろう。先に行ってくれい」

「うん、ありがと。じゃ、あとでね」

「うむ」

「じゃ、のぞみ、またね」

「うん、またね」


 乗船して修二くんと真美ちゃんと合流してからの話だと、そのあとしばらくカサドンは号泣していたとのことだ。真美ちゃんが乗船するときも泣いたそうだが、それほどでもなかったらしい。真美ちゃんは、

「あれではどっちが彼女だかわからん」

と言っていた。

 そのとおりだと思う。


 船が動き出した時刻はとても遅く、私達もすぐに寝ることにした。


 翌朝目が覚め口さみしくなった私は、玲子ちゃんのお父様からいただいた紙袋の中を探った。中には記憶になかったノートが入っていた。ノートを開いてみると、中にはのぞみの字で料理のレシピがびっしりと書かれていた。

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聖女様の物理学 後日譚 スティーブ中元 @steve_nakamoto

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