第27話 札幌生活のおわり

 ものごとなんにでも終わりがある。いや間違えた。超伝導磁石の超伝導電流は、温度をあげたり余計なことをしないかぎり永遠に流れ続ける。その名もそのまんま永久電流である。だから正確には、ものごとたいていのことに終りがある。私の札幌生活にも、いよいよ終わりが来ようとしていた。


 卒業式と言うか学位記授与式には、修二くんも札幌にもどってきた。榊原先生もいっしょだった。


 その夜は最後の女子会をやった。修二くんは明くんのところに泊まりに行き、かわりにのぞみがうちに泊まった。いつもの女子会と違ったのは2つ。

 一つは静かに飲んだこと。私は酔っ払って理由がわからなくなるのがいやで、飲む量をセーブした。なんかのぞみと真美ちゃんの顔を、しっかりと眼に焼き付けておきたかった。

 もう一つは、真美ちゃんは泊まらなかったことだ。というより追い出した。飲んでる途中でカサドンを迎えに呼んだ。これから遠距離恋愛になるのだから、最後の夜は私達と飲んでいる場合ではない。

 真美ちゃんをカサドンに引き渡したところで、私はお酒をセーブすることをやめた。

 でもなんか酔えなかった。


 翌朝、なんとなく二日酔いのまま最後の朝食を食べる。出ていかなければならないので、菓子パンにしている。それから昨日の宴会の片付けをする。昼前に不動産屋さんと玲子ちゃんが来て、引き継ぎをすることになっているので、それまでにキレイにしておかないといけない。のぞみが食器類を洗い、私は掃除機をかける。

 シャワーを浴びて脱いだものをカバンに押し込むと、荷物はもうすべてできた。パソコンなど車に積み込む荷物を車に積み込む。もちろんパソコンが一番でかい。あいにく札幌最後の日は、小雪が舞っていた。車に乗せて、雪を払う。


 真美ちゃんから電話が来た。

「苫小牧で合流する」

と言ってきた。

 真美ちゃんは一緒のフェリーで北海道を離れる予定だ。出港予定時刻は午前1時半。昼間の船はとれなかった。最初私の車に同乗して苫小牧まで移動するつもりだったのだが、カサドンと時間ギリギリまで二人で過ごしたいのだろう。

 真美ちゃんは愛車の軽をカサドンに譲った。その車で苫小牧まで来るという。それを聞いてのぞみが港まで見送りに行くといい出した。


 荷物の積み込みもあっさり終わった。時間にはかなり余裕を見込んでいるので暇になった。やることもないので、寝室の畳にのぞみと二人で横になった。私の左手がのぞみの右手にふれ、私はそれを握った。

「聖女様」

「ん?」

「優花の気持ちが、今わかった気がする」

「なんとなくわかる」

 手に力が入る。ふたりで呆然と天井を見上げた。


 少しウトウトしていたら呼び鈴が鳴った。出ると修二くんと明くんだった。

「俺、はじめて聖女様の部屋入った」

 明くんがくだらないことを言っている。たしかに女性専用の住居だから、引っ越しの手伝いという名目がなければ入れない。とは言うものの作業はすべて終わってしまい、やることがない。

「あんまり来る意味なかったな」

と言いながら明くんは部屋の中を見回している。

「おおこれが噂のテーブルか」

 勉強机として使っていたダイニングテーブルの上は、パソコンもプリントも教科書も片付けられて広々としている。

「いいなあこれ」

 感心している明くんにのぞみは、

「じゃあうちもそうする? 私の持ってこうか?」

などと言っている。「うち」という表現に、明くんとのぞみが幸せに暮らしていることが伺い知れて嬉しくなった。


 ふたたび呼び鈴がなった。玄関に出ると玲子ちゃんとお父様だった。11時に不動産屋さんが来ることになっていたので、その前にいらしたのだった。

「聖女様、娘がお世話になっております。玲子の父です」

「はじめまして、あ、お電話では失礼いたしました」

「とんでもない、とにかく感謝しております」

 そんなかんじで二人でペコペコしていたら、後ろからのぞみに言われた。

「あの、どうぞ上がってください。そとは寒いでしょう」

「ははははは」


 部屋に上がり込んだ玲子ちゃんのお父様も、やっぱりテーブルに食いついた。

「あの、このテーブル、部屋の真ん中に無いんですね」

「ええ、ダイニングテーブルというより、勉強机として使ってましたから。玲子ちゃん、真ん中に動かす? 今なら男子いるよ」

「え、あ、やっぱりここでいいです」


 そんなこんなしているうちに不動産屋さんが来て、手続きはさっさと終わった。

 もうこれでこの部屋は、玲子ちゃんの部屋になった。船の時間までにはかなりの余裕があるが、離れがたくなってしまう前に部屋を出ることにする。のぞみと明くんは、苫小牧までついてくるという。カサドンが譲り受けた車で真美ちゃんを送ってくるから、帰りはそれに乗るそうだ。


 小雪の中、車に乗り込むときに修二くんは後ろの座席に座ると言い出した。

「緒方さんと喋りながら行きなよ。僕は明と話すから」

 確かに修二くんと過ごす時間はこれからいっぱいいっぱいあるが、のぞみとはそうはいかない。修二くんと明くんにしてもそうだ。のぞみは修二くんに「ありがと」と言って、助手席に乗り込んだ。

 玲子ちゃんとお父様はわざわざ見送りに出てくれていた。お父様は「お邪魔かもしれないですが」とおっしゃって、紙袋を渡してくれた。中にはお菓子とかみかんなどが入っている。丁寧にお礼を言ってから私は玲子ちゃんのところまで行って話しかけた。

「玲子ちゃん、結局網浜研になったのよね」

「はい」

 網浜研はのぞみの所属でもある。

「のぞみのこと、よろしくね」

「は、はい」

 私はもう一度お父様にお辞儀をして車に乗り、発進させた。

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