第6話 通い妻
「本末転倒だよ~」
私は金曜夜、超伝導の輪講のあと、多少強引にのぞみ、真美ちゃん、明くん、カサドンを誘って飲みに出ていた。甘い学会旅行のあと、修二くん無しの生活が辛かったのである。普通なら女子会なのかもしれないが、そうすると真美ちゃんがエロオヤジ化して修二くんの服のにおいを嗅がされる。そういうのは一人のときだけでいい。
わざわざ入籍までして修二くんに泊まってもらおうとした札幌の家だが、まだ修二くんのお泊りは実現していなかった。
まず修二くん自体がめちゃくちゃに忙しい。
つぎに各種連絡、さらに大学の講義もネット経由でできる。
そして盲点だったのが各種手続きだ。私は配偶者なので、ほとんどできてしまう。わざわざ修二くんに札幌に来て貰う必要がないのだ。これではわざわざ入籍して、修二くんを札幌から遠ざけたようなものだ。
ぼやきにぼやく私に、のぞみは冷たかった。
「聖女様さぁ、あんたの頭で予想つかなかったわけぇ?」
「うーん、考えなかったわけじゃないでどぉ、入籍という言葉に負けた」
「じゃあ、しゃあないじゃん」
「だってさ、思いついちゃったんだよ。入籍しちゃえば堂々と修二くん家に入れられるって。そこで思考が飛んだ」
「わかるけどさぁ、じゃあいっそのこと、離婚すれば」
「なにそれ、ひどーい」
冗談であることはわかるけど、「離婚」ということばがしばらく酔っ払った私の脳をかけめぐった。そしたら勝手に涙が出てきた。
「離婚ヤダ」
涙の量がじゃんじゃん増えていく。
「わーん」
大泣きしてしまった。
カシャという音がして、しばらくして、のぞみが謝ってきた。
「聖女様、ごめん。修二くんは離婚してくれないと思うよ」
「うん、ていうか、なにスマホいじってるの。謝るなら謝るでちゃんと謝ってよ」
「泣いてる顔、修二くんに送っといた」
「やめてよ」
「修二くんが心配して帰ってくるんじゃない?」
私のスマホに着信があった。修二くんである。
「杏、どうしたの?」
「だいじょうぶ、今、みんなで飲んでるだけ」
「じゃ、なんで泣いてたの?」
「気にしないで、だいじょうぶだから」
「気になるよ」
「ちょっとさみしかっただけ」
「うーん、まだ札幌帰れないなぁ」
「うん、大丈夫、でも、電話かけていい」
「うん、いつでもかけてよ。出られなかったらあとでかけ直すから」
「うん」
電話を切ると、みんなが眼をキラキラさせて私に注目している。
「ん、なによ」
「ほら、私のおかげで修二くんと話せたじゃない」
「ふん、夫婦だからいつでも話せるもん」
「で、修二くんなんだって」
「まだ帰れないって」
「ほう、帰れない、と」
「なによ」
「修二くんが帰るって言葉使ってるんでしょ。修二くんの帰るところは聖女様ってことだよ」
「!」
感動した。そうなんだ。のぞみ、教えてくれてありがとう。
そう感動していたら、こいつは小声で言っていた。
「あーなんとかごまかせた」
「おい!」
その後もグダグダと飲み会は続いたのだが、終盤でカサドンが言い出した。
「聖女様、唐沢先輩に会いたいんでしょう。行けばいいじゃないですか、東海村」
「行けばいいって?」
「行きゃいいんですよ。理論なんだから、時間の融通は効くでしょ。実際引っ越しの時も大学サボって向こう行ったでしょ」
「サボってない」
「それはともかく、行けばいいんですよ。どうせ鍵くらい、もらってるんでしょ」
「うん」
「通い妻やな」
最後の言葉は真美ちゃんである。
明くんがスマホを取り出し、電話をかけ始めた。
「あ、修二、あのな、そのうち聖女様そっち行くから、準備しとけよ。じゃあな」
それだけ一気に言って切ってしまった。
ついでにドヤ顔をこっちに向けてきた。
のぞみはなんかうるうるした眼をして明くんを見つめている。
真美ちゃんはカサドンをつかまえている。
「カサドン、あんたはワシが行くのがええんか? それともカサドンが来てくれるんか?」
「なに言ってんですか」
「どっちがええんや?」
結局真美ちゃんはエロオヤジ化している。
それより二人の関係はそこまで行っているのだろうか?
急に酔いがさめた。
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