第5話 エロおやじなど

「聖女様、やってくれるじゃん」

 広島の大学の学食で、私はのぞみをはじめとした仲間たちにさんざん冷やかされていた。

「うん、よかったでしょ」

 澤田先生も同席していて、

「やりよるな、あんたは」

と評価してくれた。

「聖女様の過去一番のドヤ顔、見ちゃいましたよ」

とはカサドンのコメントである。

「あれ、やってみたい」

とは、何人かの女性陣の感想だ。


 あの一言でつかみはOK、私は絶好調で発表を終えることができた。質問はいっぱい出た。好意的な質問は、元気をくれる。批判的な質問は、学問を強くしてくれる。だから持ち時間が終わったあと、昼休憩に入るとき私に話しかけたそうな人が何人かいたのだけど、知り合いに囲まれてしまい話すことができなかった。そのまま学食に修二くんとともに連行された。

 

 その興奮も冷めぬまま、午後のセッションにも参加した。

 

 今夜の夕食は、東広島で仲間とともに摂ることにしていた。お店だが、女子全員の希望でお好み焼きだ。広島焼きと言ったら怒られるらしい。人数が多いので予約してあるそうだ。

 お店はまあ、お好み焼き屋さんである。問題は料理だ。榊原先生は大阪出身、最初の一つだけ店主さんの見本を見たあと、その後は大阪出身の榊原先生が仕切っていた。鍋奉行ならぬ鉄板奉行である。「まだ早い」とか「ちゃんと押さえろ」とかいちいちうるさい。


 話題は私達のホテルである。

「あのね、コンシェルジュっていう人、すごいんだよ。なんか同じ女と思えなかった」

とホテルで感動したことを話したのがいけなかった。

 チェックインから部屋への案内、室内の調度品、冷蔵庫の中身、アメニティの詳細。女子はいちいち感動している。カサドンは真美ちゃん攻略の資料にするのかメモをとっている。

 料理については、今目の前に最高のものがあるので省略した。

「で、デザートは?」

 真美ちゃんが質問してきた。当然の質問である。

「うん、ケーキ」

「どんなケーキ?」

 ここで言葉に詰まった。


「すごく美味しかった」

「だからどんな?」

「うん、すごかったよ」

「わかった」

 真美ちゃんはわかってくれた。

 

「で修二くん、どんなケーキ用意したの?」

 わかってなかった。

 観念したのか、修二くんは話し始めた。

「さっきのさ、コンシェルジュさんに頼んだんだよ」

「なんて?」

「新婚だって」

「おお~」

「そしたら小さいんだけどさ、ウェディングケーキにしてくれたんだよ」

「おお~」

「あの人形乗ってるやつ」

「おお~」

 私はジョッキのビールを一気飲みした。

 

 エロおやじと化した真美ちゃんの質問は続く。

「で、ディナーのあとはどうしたの?」

「うん、部屋に帰ってお風呂に入って寝た」

「寝た。普通に寝た」

「どう普通に?」

「言えるか!」


 私はこのあたりで記憶がとんでいるのだが、真美ちゃんはカサドンにかなり説教され、泣いていたらしい。カサドンは酔った真美ちゃんの現実が早めにわかってよかったんじゃないだろうか。

 

 それはそうと広島のホテルまで連れて帰ってくれた修二くん、ありがとう。

 

 翌日は自分の発表は無いから、気楽に見たいセッションをみてまわった。その中に国立女子大のヒガシさんのガラスに関する発表もあった。1年半前に聞いていた内容より、確実に進歩していると思った。発表がおわり休憩に入ったとき、ヒガシさんに挨拶しに行った。

「聖女様、いや、旧姓神崎さんね、おめでとう!」

 ハグされた。この言い方だと、昨日の私の発表は聞いていたのだろう。

 

 ポスターセッションはもちろん超伝導関係のを見に行く。ポスターセッションでは、ポスターに研究された内容が貼り出されている。近くに発表者自身が控えていることが多く、その場で質問・議論ができる気軽なものである。

 目についたものに片っ端から質問して回ったのだが、胸につけた神崎という名札を見て、「あ、唐沢さんですね」と言われたりして、そのときは平静を装うのに苦労した。

 

 夕食は、やはり東広島でラーメンを食べた。私は酔いつぶれたから、真美ちゃんはエロくなるからということでお酒禁止にした。ラーメンは醤油ベースだった。

 

 広島最終日、朝起きて修二くんに提案した。

「今日、少しサボって観光する?」

 私はサボりたくは無いのだが、修二くんに少し観光させてあげたかったのだ。なにせこの冬から春、急遽引っ越しして、入籍もして、新しい環境で研究を始めてとなかなか大変だったのではないかと思ったのだ。私はいい。引越もしてないし馴染んだ仲間と研究をつづけられている。

「いや、杏、今日もみたいのあるって言ってたじゃん。学会行こうよ」

「そうだけど、東海村でどうせ修二くん、全然休んでないでしょ。たまにはリフレッシュしないと」

「僕は杏が学会を満喫してると思ってたんだけど」

「そうだけど、修二くんの休みが」

「大丈夫だよ」

「大丈夫じゃない。大丈夫じゃないもん」

 けんかになってしまった。

 

 朝食は無言で食べた。

 

 チェックアウトするため荷物をまとめる。

 くだらないことになってしまった。お互いのためを思ってけんかするなんて。

 修二くんも同じみたいで、荷物をまとめたら私のぴったり横に座ってきた。

 涙が出てきた。

 

「杏、僕のこと気にしてくれたんだね、ありがと。だけど大丈夫だよ」

「でもね、修二くんいつも私のこと優先してくれるじゃん、学会のセッションだって、全部私が行きたいっていうとこじゃん」

「そうだけど、僕は杏の横にいると、それだけで楽しいよ」

「私はね、修二くんの行きたいとこに行きたい。遊びたくないの」

「うーん、どうでもいいかな」

「うそばっかり」

「うそじゃないよ、じゃ、こうしよう。今日のセッションは僕の選ぶとこだけに行こう」

「なにそれ」

「杏は僕の考えを優先したいんだろう。だから僕のみたいセッションを見る。杏は物理だったら何でも楽しめるだろう。だから杏も満足できるよ」

「なんか丸め込まれた気がする」

「うん、うまく丸め込んだ気がする」


 というわけで、今回の広島では鹿さんには会えなかった。

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