第7話 車選び
カサドンがナイスなことを言ってくれたので、私は早速東海村に行くことにした。名目は修二くんの車選びである。
いつかと同じくフェリーで行こうかとも思ったが、父に東海村へ行く言い訳として車選びの話をしたのがいけなかった。
「杏、車選びなら俺が一肌脱ぐよ、飛行機できなさい。羽田で杏をピックアップして東海村まで連れて行ってあげるよ」
こうして今回の東海村行きはおじゃま虫がついてくることになった。
羽田で父に迎えられ、駐車場に行くと車が変わっていた。私の車と似ているが色がブルーである。
「新車買った。杏のやつの新型だぞ」
もしかしたら新車を娘に見せびらかしたかっただけなのかもしれない。
「よく母さん許してくれたね」
「うん、たいへんだった」
何が大変かわからないが、とにかく大変だったらしい。
「運転してみるか?」
「うん」
首都高に乗る。新型だけあってパワーも有り、なんだか車が軽い。印象を伝えると父は、
「ターボだからな」
と言った。
途中で休憩をとりながらドライブし、東海村の家につくとちょうどお昼だった。マンションの駐車場に車を入れる。どうせすぐ車は買うだろうと、マンションの契約時に駐車スペースは確保してあった。
修二くんはまだ研究所にいるので、勝手に鍵を開けて入る。すぐに帰って来るだろう。
中はわりと整然としていて安心した。ただ、戦車のプラモデルが一つあった。そんな趣味あったっけ?
そんな疑問を持っていたら、今度は父が騒ぎ出した。
「おい杏、布団が二つある」
「?」
借りているマンションは2DKだ。現在修二くんは一人暮らしだが、博士課程の段階で私もここに住む予定だ。その一部屋には一組の布団がある。私が来たときのことを考えてダブルサイズだ。もう一つの部屋にもう一組布団があるそうだ。
「別居に耐えられず浮気か?」
とか、
「いや、これは男物だから浮気じゃない」
とか、
「もしかしたら修二くんはそっちの趣味が?」
とか二人で騒いでいたら修二くんが帰ってきた。
「何騒いでんの?」
私の顔を見て、挨拶抜きに聞かれた。
「なんで布団、二組あるの?」
「あ、榊原先生、伝わってなかったの?」
「聞いてない」
「おかしいなぁ、榊原先生自分で言うって強く言ってたんだけどな」
「ふーん」
クエンチを私のせいにするような先生だから、さもありなん。
「わかったけど、なんで先生いるの?」
「ああ、はじめ引越し先が見つからなくってね。来月やっと入居できるんだよ。それまで」
「ふーん」
榊原先生は、それまで白状しないまま逃げ切る気でいたのだろう。
「家賃ね、全部出してくれてるんだよ」
新婚家庭に転がり込んでいるのだ、それくらいで許されると思わないでいただきたい。
「で、今夜は?」
私の言いたいことは、じゃまだ、ということだ。父ですら今夜はどっかに泊まるという。
「ああ、どっか泊まるから帰ってこないって」
おそらく私にあわせる顔がないのだろう。
とにかく外に出ることにした。まずは昼食、つづいて中古車屋まわりだ。
昼食は近所の定食屋に行った。
「お父さん、焼き魚定食がいいと思うよ」
私は強引に父に勧めた。わたしはハンバーグ定食、修二くんは私に同じ。
料理が来るまでの間、父はプリントをテーブルに並べた。中古車屋の情報をネットで漁ってきたらしい。修二くんは真剣に見ている。一通り見た修二くんの意見はこうだ。
「車両価格も大事ですけど、ランニングコストが重要だと思います」
父は、こっちの車だと燃費がこうで、オイル交換がどうで、とか細かい話を始めた。
そうこうしているうちに料理が来た。目論見通り、焼き魚定食はトビウオだった。
父はかつてのぞみがしたように、胸ビレをひらいて見ていた。
定食屋を出て車に乗るとき、父は修二くんに言った。
「戦車見たよ。今度映画でも行くか?」
「え、ではお義父さんも?」
なにか二人で心を通わせている。
「じゃ夕食はちょっとがんばって大洗行くか?」
「いいですねぇ」
「勝手に決めないでよ」
中古車屋さんで、父はいきなり車の下側をのぞいたりしていた。エンジンルームを開けたり、トランクのカーペットをめくったりといろいろしていた。そのたびに店員さんに、
「次の車検は……」
とか
「修理歴は……」
とか聞いてメモを取っていた。
車は翌日もう一度見に行くことにして、夕食はわざわざ大洗まで行った。
アニメの等身大パネルに見守られながらの夕食で、父と修二くんは大層満足そうだった。
翌日、車は私と父の車と同じメーカーの軽自動車になった。真っ赤で精悍な顔つきだ。試乗すると軽自動車なのにすごくパワーが有る。修二くん以上に父が満足していた。
夕方、父は突然言い出した。
「杏、悪いけどあした空港までは自力で行ってくれ。今夜は二人でゆっくりしなさい。今から帰る」
本当のところは、イチャイチャする私達にあてられ、母のところに行きたくなったのではなかろうか。
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