反撃の黒魔術

伊崎夢玖

第1話

「お前は、本当にグズで、のろまで、役立たずで、皆のお荷物…。なのに、よくのうのうと生きてられるな?俺ならとっくにこの世から消えてるわ。はっはっはっ」


俺の背後に立ち、バシバシと頭を叩いてくるクソ野郎――もとい、上司。

俺自身が何かでかい失敗をしたのなら、このクソみたいな行為も受け入れられる。

しかし、現実は何も失敗をしていなければ、失礼を働いたわけでもない。

ただのストレス発散、それだけである。

周りより地味で気弱そうな俺をいいサンドバックとでも思っているのだろう。

暇な時間があればパワハラ全開で暴力を振るってくる。

周りで助けてくれる同僚はいない。

もし助けてしまって自分にターゲットが移ってしまったら……そう考えると行動できないのも仕方がない。

きっと俺自身も見て見ぬふりをするだろうから。

とはいえ、このクソ上司のクソ行為は止む気配を見せない。


「あの……仕事ができないです……」

「あ゛ぁ゛!?誰に口聞いてんだ、てめぇ!舐めやがって!!」


追加報酬と言わんばかりの加速された暴力の雨が降ってくる。

しかし、あまり痛くない。

痛みの感覚が鈍ってきたのかもしれない。

内心「どうでもいいや」と思いながら、暴力の雨の中、今日こなさなければならない業務をこなしていった。


業務が終了したのは夜中の十一時。

しかし、これは残業ではない。

クソ上司が俺のタイムカードを既に終業時間で押しているので、サービス残業である。

本来貰えるはずの残業代も一円も貰えない。

正直、上司ガチャに失敗したことは人生において痛手でしかない。

でも、そう思うのも今日まで。

今夜は”あることを実行する”日だからだ。


帰ると、宅配ボックスに通販しておいた荷物が届いていた。

はやる気持ちを抑えて部屋に入り、着替える間もなく、荷物を開ける。

そこに入っていたのは、黒魔術の本。

決して中二病ではない。

かの病は十代で完治させた。

この黒魔術の本を購入したのは、あのクソ上司を呪うためである。

できることなら目の前から消したいが、初めてのことでいきなり成功するとは思えないので、何かしらの仕返しはしたい、くらいの気持ちでいる。


ページを開くと、様々な黒魔術の方法が書かれている。

呪いのページにやってくると、何やらいろんなものが必要な様子。

仕事で疲れ果てた体に鞭打って、今から買いに行く元気はない。

クソ上司を呪うのはやめて、用意するものがなくてもできる黒魔術はないか見ていく。

すると、嫌がらせの項目に行き着いた。

テーブルの角に足の小指をぶつける黒魔術、うっかり肘をぶつけてジーンとする痛みに耐えなければならない黒魔術、まつ毛が目に入る黒魔術…。

どれもこれも実際自分に降りかかったら最悪なものばかり…。

ふと目についたのが、一週間両手にささくれができてしまう黒魔術だった。

ささくれ――ピッと取ろうとしても、うまく取れないと血が出て地味に痛くて気になるやつである。


(これにしよう――!)


本を床に置いて、書いてある通りやっていく。

慣れなくてうまくできたとは言えず、この黒魔術が発動するか定かではないが、多少の憂さ晴らしはできたので良しとした。

満足してしまったからか、急激な睡魔に襲われ、そのまま意識を手離した。


顔に太陽の光が当たって、すごく眩しい。

目元を手で隠し、光が目に入らないようにして体を起こす。

一体今は何時なんだろう?

スマホの電源ボタンをポチっと押し、ロック画面を見て俺は慌てた。

表示された時刻は十一時。

どんなに急いだところで遅刻決定。

ここまでくれば開き直った方が早い。

では、なぜ慌てたのか。

あのクソ上司から小言やら暴力やらを受けなければならないからである。

昨日と同じ服なのは致し方ないとして、急いで身支度を整え、家を出る。

会社に着いたのは十二時半を少し回ったくらいだった。

おそるおそる部署に入る。


(きっとデスクで待ち構えているに決まってる…)


しかし、あのクソ上司の姿が見えない。

拍子抜けした俺は入口で立ち尽くしていた。

そこへ同僚が現れた。


「よぉ!社長出勤か?」

「寝坊した…。それより、上司は…?」

「今日は帰った」

「……なんで?」

「なんか、大事な書類を血まみれにしたんだって。両手にささくれができて、どうにもないらしくてな…」

「へぇ…」


昨夜の不慣れな黒魔術がまさか大成功していようとは思ってもみなかった。


(ざまぁみろ!!)


にやつきそうになる顔を抑えつつ、心の中でガッツポーズをしたのは言うまでもなかった。

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反撃の黒魔術 伊崎夢玖 @mkmk_69

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