第2話 危ういスイーツ店




隠れ家に来てから、64日―――――…



「魔法は、魔力と呪文が重なることで、初めて発動する。魔力をより引き立たせるために呪文があるし、呪文に魔力が重ならなければ、魔法が扱えない」


「………ってことは、私は魔力を引き立たせる呪文が必要……ってことですか?」


ここでの生活は、以外にも自由なものだった。

衣食住だって確保されるし、部下たちは親切。


惜しくも仕事中ではベルガは上司の位置だから、敬語を使わなくちゃいけないことと、魔力特訓が半端なくキツイこと。


「流石、やはり俺が認めただけあるな」


嬉しそうに笑みを浮かべるベルガ。

ベルガが言うに、呪文は自身に合った属性を良く理解したうえで、神から授かりし天譴てんけんのように降ってくるといった。


「天譴は、一般的には天罰という意味なんだ。だけど、俺は神が我々にくださった教えだと思ってる。怒ることも罰をあたえることも、相手のためにすることだってあるだろう?」


そんな天罰降らしまくってたら、私、今頃天界から追放されているけれどね。


「………そうかもですね」


曖昧な応えを返す。


ベルガは暗殺者なのに反し、少しほんわかとした性格だった。

それに加え、神にも良く慕う人だった。

だけれど、その党本人の神である私すら、ますます言っていることがよく分からない。


まあ、かの有名なイエス・キリストやシュセアを置いて、異世界と全くご縁のない現世の神であるアルファイラを慕うなんて、前代未聞の話だろう。


しかも慕い方も半端なく。


毎朝空に向かって〝あなた方が創り出した素晴らしい花………ありがとう〟と言えば、毎日のように地下深くの祭壇に行って高級食を捧げている。


隣を見れば、だらしなくよだれを垂らした張本人がいるというのに………。


高級食にひかれて、自身の正体を暴きそうになることもあるけど、唇を思いっ切り噛みしめて欲をこらえる毎日。


それに200キロはあるダンベルを魔法で持ち上げるまで3時のおやつ禁止令や、超巨大風船を破裂させるまで夕食抜き、などなど。


確かに衣食住は確保されたけど、疲労の毎日だ。

まあ、それでも窮屈に感じないのは、私にも訳が分からないけれど。


「ベルガ、今日は何するんですか?250キロのダンベル?魔法の限界連射?それとも精神統一術ですか?」


「もう魔力を身につける練習は終わりだ。よく頑張ったなアグネス」


「………ん?」


突然過ぎるベルガの報告に、すっとんきょうな声を上げる。


「待ってください。急すぎません?私、まだ300キロのダンベル持ち上げてませんよ?」


そう、確かにベルガは300キロのダンベルを持ち上げるまで、呪文魔法は教えないと言っていた。


「なんか呪文を使ったら、魔法の威力以外にも、2倍に魔力量がアップするらしい。いやー。俺は肉体系の暗殺者だったから、あまりよく知らなくてな。

だから、呪文を先に覚えようと思うんだけど………」


「それを早く言えぇぇええ‼」


流石に堪忍袋の緒が切れた私は、敬語を外して思わず叫び出す。


そんな私を、申し訳なさそうに見るベルガ。

まあ私も短気じゃあないから、許すけどさ………。


「ん"呪文魔法はどうしたら使えるようになるんですか?」


「よくぞ聞いてくれた!」


ぱっと顔が明るくなるベルガ。

そして嬉しそうに説明をしだす。


呪文魔法は二つの種類があるらしい。


一つ目は【白魔術】。


回復などに使われる魔法で、害のある魔法ではない。


二つ目は【黒魔術】。


戦闘などに使われる魔法で、害のある魔法。


「アグネスには、主に【黒魔術】を扱ってもらいたいが………。属性の関係もあるし、まずは属性を見極めるのが最初だな」


まあ、そうだろうね。

暗殺者として育成するために弟子にとってるんだから、そりゃあ黒魔術を使って欲しいだろう。


勿論、私もベルガの期待には応えたいけど……。

そういうときこそ、私ってよく外れるんだよなぁ。


「近くに属性鑑定の店がある。毎日魔力トレーニングの日々で疲れているだろうし、明日は休息として外を楽しもう。勿論部下たち、お前らもだ!」


ベルガの言葉に、一瞬で部下達から歓声が上がる。

活気で溢れかえった隠れ家の中、ひとり私だけ、浮かない顔で苦笑をするのであった。




 ■□■⚔■□■




「ベリーベリートリプルストロベリーショートケーキと、薬草茶でございます」


店員が立ち去った後、私は静かな声でベルガに尋ねた。


「ベルガ。スイーツ店で薬草茶のメニューがあるって、どういうことなんですか?」


スイーツと言えば、カラフルな見た目にスイーティな味が映えるって、現世でも若者たちに大人気な食だった。


そのスイーツに、濃い緑一色で、渋柿に負けぬほど渋い味をした薬草茶が紛れ込んでいるなんて、現世だったらスイーツの侮辱だってアンチが絶えない一大事になっていただろう。


もしかしたらこのスイーツ店も………と思い、真剣な表情でベルガの答えを待つ。


「そうか?薬草茶は帝国でも人気のあるメニューなんだがな」


「へえ………」


異世界では、逆にそういう渋い系が映えるのか?

いやまず、異世界に映えるっていう概念があるのかもわからない。


やっぱ、異世界って謎過ぎる。


「そういえばアグネス、昔スイーツ店に来たことがあるのか?常連みたいにすんなりメニューを頼んでいたよな」


「え………あ、」


スイーツ店に来れたから興奮してすっぽけてたけど……。

そういえば私、元路地生活の底辺魔法使いだった!

普通に考えて、路地生活の私がスイーツなんて知ってる訳ないもんね……。


痛いところを突かれて、薬草茶に負けないほどの渋い顔をする。


「いや。来たことはないけど、聞いたことがあって……」


「そうか」


少し疑い気味の目で私を見つめるベルガ。


やばいやばい。せっかくいい親分に出会えたのに、異世界人じゃないって不審に思われたら、関係が崩れるかも……。


思わず冷や汗が頬をつたる。


ベルガの顔色を確認すべく、うつむいた顔を、そーっと上げた。


すると、さっきの疑いの目はどこに行ったのか、いかにも嬉しそ~うに満面の笑みを浮かべていた。


「流石俺の弟子だアグネス!ベリーベリートリプルベリーショートケーキを頼むなんて、見る目がいいな!あれは当店一の大人気メニューで、ストロベリーに入った糖分が一時的に筋力をアップさせるから、そのスイーツを食べに戦士や闘士が集まるんだ。だからここのスイーツ店は毎日行列が絶えないのさ。俺らみたいに当店の常連しか貰えないゴールドカードがなきゃ、すんなり入ることはできないんだ!」


いや何か急に語り出したけど…………。

徐々に緊張が薄れていく。


とりあえず波に乗って、ベルガに質問をしよう。


「でも普通のストロベリーの糖分じゃ、パワーアップはしませんよね?なんでこれはパワーアップするんですか?」


現代知識によれば、糖分は人間の満足度をアップさせるから、元気にはなるけれど、パワーアップになるとは限らない。


すると急に、ベルガがしーっと人差し指を立てた。

そして静かに私に教えてくれた。


「ここからずっと北の地方に、こよみの湖ってところがあるんだ。どうもそこの近辺で採れる花の蜜を使っているらしいんだ」


「それだったら別に、秘密にすることでもないんじゃないですか?」


私の答えに、首を横に振るベルガ。



「そこは随分と神聖な湖として知られているから、原住民から厳重に保護されているんだ。湖に入ることができるのも、原住民の限られた人だけなんだよ。ここでしか食べられない、高級食材だよ!」


「だからパワーアップか……。でも、なんでそんな厳重に保管されている花の蜜がここに?」


するとベルガは辺りを見回し、向かい合わせの私でもギリギリ聞こえるくらいの小声で言った。


「密輸だよ。ミ・ツ・ユ」


その言葉に、思わずケーキが刺さったフォークの手をとめる。


「ベルガ。今すぐこの店から出ますよ」


「え、なんでだ?まだ薬草茶を飲み終わってないぞ?」


「そんなアブナイ店に、自ら突っ込んでいく馬鹿がどこにいるんですか‼」


きょとんと眼を見開いているベルガに、チョップを食らわす。


「いでで。レディが暴力なんて、身の程に合わないぞ!」


「そういうことじゃない!」


他の客が見ている中、ベルガに何発ものチョップで攻撃をする。

そして一向に動こうとしないベルガの耳を引っ張り、無理やり外へ引っ張り出す。


ベルガといえば「俺の薬草茶がァァァアア」なんて叫びながら、抵抗はしないけど涙目で私に訴える。


そんなベルガを華麗に無視し、私達はスイーツ店を後にするのであった。












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