マジ神様~神なのに路地裏に転生しました。仕方がないので神の本気を見せてやります~

仮面の兎

神の路地裏転生

第1話 異世界



「どこだ、ここ………?」



鉄のように重いまぶたを開けた先は、鼻が捻じ曲がるほどの悪臭、壁一面に塗られたような汚れ。


そこに、床の汚れも気にせず、私はポツンと座っていた。


いや、立てないんだ。


立ち上がろうとしても、なぜか体に力が入らない。


私はなぜここに………。


そう考える暇もなく、路地から抜けたところ。誰かの声がかすかに聞こえた。


誰だと尋ねようと口を開くが、その必要もなく、声の主は路地に入って来た。


足音からして複数人はいる。


まだ若い青年一人と、その青年を守るように後ろにつく中年男性が数人。


すると突如、青年が私をじっとのぞいてきた。


まるでそこら辺の雑草を相手にしているような、冷血な瞳。


その瞳は、私の喉よりも、ずっとずっと乾ききっているような気がした。


すると青年は私をのぞくのをやめて、口を開き始めた。



「ブラウン。ここは都市から少し外れただけの路地だ。なぜこんなにも小汚い?」



青年が、ブラウンと呼ばれた後ろの中年男性ひとりに問いかける。


改めてみると、青年の方はいかにも高貴そうな服をまとっていた。


それに対し私は、所々破けた土埃のような服を着ている。



「メンデ様が立ち入るような場所ではございませんね。これなら視察に来た意味がなんだったのか………」



視察?


そういえば…………。




 ■□■⚔■□■




そうだ。私は〝現実世界〟を支持する神、アルファイラ。


それで、兄上からのご命令を受けて、現代日本の地上視察を任されていたはず。


だけど、その途中、プログラムのエラーが起こって………。


そしたら、徐々に体がチリになって消えていったんだ。


――――――跡形もなく。




 ■□■⚔■□■




多分エラーが起こったせいで、プログラムは私が神だろうが何だろうが、容赦なく存在もろともを消し去ってしまったのだろう。


……ってことは、神としての私は死んだってこと?


いや、そんなはずがない。第一、神が転生するなんて初耳だ。


でも、もしかしたら兄上が………。




 ■□■⚔■□■




「流石に気が付いたか。アルファイラよ」


「これはどういう事で?シュセア様」



俺の使者を務める神、ルーザルが尋ねる。


こいつも長年の付き合いだ。大抵は察しているだろう。



「これはアルファイラに向けた試験の一つだ。神に生まれた限り、世界を支持する強さが必要になる。強さを求めるため、そして神としての能力を確かめるために、突如としてこの試験を行った」


「家族というのに、神々は容赦がないですね」


「もともと、子は種の生存を続けるために創られたものだ。神にとって、家族は自身の種を続ける手段に過ぎない」



まあ、確かにルーベルの言うことにも一理ある。


神にも家計はあるが、需要がない為、表面上、兄妹と言われていても意識はない。


扱いも、他と同じ。


だけど一つだけ、〝権力〟では扱いが異なる。


権力の基準は、強さ。


どれだけ世界を治められる強さがあるのか。


それで権力も扱いも左右する。


まあ、異世界で言う魔物と同じような基準だ。強ければ強い者ほど偉い。


そういうところは、個人の能力を無駄なく採用する人類という種が、一枚上手かもしれないな。



「シュセア様、試験中はアルファイラ様の代わりに、誰が現世を支持するのですか?」



流石ルーザルだ。いいところを質問してくる。



「勿論、新しき神となる者だ。試験が無事合格となったら、現世の神というアルファイラの権力は保たれる。だが………」


「もしアルファイラの転生先での死亡が確認されたら、次期、現世を支える神は新の神となる」


「神は世界の責任者であるため、これくらいは出来て当たり前、ということですね」


「まあな。………できればアルファイラに生存してほしいが」



そう言った俺を、なにやら意味ありげにニヤニヤと見つめるルーザル。


いや、神の手続きが面倒臭いからって意味なんだけど………。


こりゃあ、また面倒なことになりそうだな。




 ■□■⚔■□■




兄上………。


どうせ今も、私のこと見ているんだろうに。


今にでも拳を出したいところだが、そんなことをしている場合ではないくらい、私にだってわかる。


見てろよ兄上‼


異世界の知識はゼロだけど、現世の賢い知識で、絶対生き残ってやるんだからね‼


うしろめたい気持ちを噛み締め、表面上では平常心を保つ。


ってことは、この体の主は、成り代わる前に受け取った情報の中の、あの薄汚いカーキ色の髪の少女か。


確か、アグネス・フェバリット………。


オリバール帝国の中欧諸国、ビルドバーソン生まれで、現時点で九つの年。親の記憶はなく、読み書きはできない。


F級魔法使いで、ほぼ底辺に近い、………か。


最高峰の魔法使いに比べたら私なんぞ、底辺の雑魚モブキャラだが、〝F級〟という称号を所持している時点で、魔法の素質は少なからずある。


それでこの扱い……。


それほど、無駄なく人材を確保する現世の人類は、頭が優れていたのだろう。


………いや。この帝国の人々の頭がイカれているだけか。



ドガッ



「………っ!」



鈍い音がすぐそばで聞こえた。瘦せこけた腹に激痛が走る。


腹を蹴られた。しかも少女というのに、容赦ない力で。


突然のこと過ぎて、少し反応速度が鈍ったな………。


というよりか、体が他者のものだから、体が思うように動かないんだ。


反動を抑える力もなく、路地の地面をゴロゴロと転がる。



「虫唾がはしるんだよ‼雑草が喚くんじゃねェ」



青年を見上げると、ものすごい剣幕な表情を見せていた。


異世界って、こんなにも理不尽なのか。


いや、兄上の仕業か?


でも、今はそれを気にしている場合じゃない。


どうにかして、コイツの怒りをしずめなきゃ………。



「おい‼メンデ様に返事をしろ‼返事すらできないのかこの無礼者‼」



ドッ



「う"ゴホッゲホッ………」



また腹を蹴られた。今度は後ろの使いからだ。


むせるのと同時に、口から血を吐く。


これ以上彼らを怒らせたら、本当に命が危うい。


何かいい方法は………。


そういえば、私は魔法使いだったな。


魔法とかよく分かんないけど、それしか方法が無いし………。



「{魔法よ、出ろ………}」



倒れた状態から、手だけを青年の方に向け、静かにそうつぶやく。


プシュッ


すると手の平から、少しの煙が上がった。


非科学的で、なんか新鮮………。


って、何この匂い‼


う"………タバコ臭っ………!



「なんだこの臭いは‼」


「コイツ、魔法を使ってメンデ様を殺そうとしたぞ‼」


「正当防衛だ‼殺せ‼メンデ様を守れ‼」



やばいやばいやばい……‼


余計に彼らを怒らせちゃった………。


煙でちょっとだけ視界が悪くなった隙に逃げて………。



「お、路地でガキのお遊びか?貴族さんがくだらねぇことするモンだな」


「あ"ァ?誰だよテメ…………」



ドゴォォオオン



青年がそう言い終える前に、爆弾が耳元で爆発したような音が、辺りに響いた。


耳を塞いでも、鼓膜が破裂しそうなほど痛かった。


突然聞こえた声の男の仕業か?


助けてくれたのは本当に感謝だけど、耳痛いし、壁破れてるし、やりすぎじゃ……。


思わず煙が噴き出している後ろを振り向く。



「振り向くな。お前さんみたいなチビが見たら、気絶するぞ」



さっきの男の声が、煙の中、どこからか聞こえた。


だけれど、その声を聞く前に、辺りに拡散した煙がなくなっていた。


というのも、無惨な光景がこの目に映ってしまったということだ。


壁には豪快に穴が開き、彼らの体はあらぬ方向に曲がり、血が辺りに飛び散っていた。



ドチャ……



壁に張り付いた死体が、時間と共に剥がれていく。


それと同時に、水音…………血の音だけが、静まり返った路地に響いた。


思わず固まってしまった。


本当に久しぶりだ。こんなにも無惨な光景を見たのは。


気持ち悪……吐きそう……。



「お前、気絶してないのか?」



後ろから、男の声が聞こえた。



「う………あ、」



気持ち悪いし、どう返せばいいのか分からないしで、その場でもじもじする。



「そんな怯えなくてもいい。俺はどこの貴族さんとは違うからな!」



そう彼は言い、一瞬だけ視線を後ろへ向かせた。



「お前、名前は何だ?」


「アグネス・フェバリット」


「アグネスか。………いいな、気に入った!その感じじゃあ泊まるところがなさそうだし、特別に俺の仕事場に案内してやろう」


「え………あ、ハイ」



正直、展開が早くていまいち追いつけない自分がいる。

まあ多分、お家に泊まらせてくれるってことだよね。



「俺はベルガ・リチャード」


私と同じ中欧諸国ビルドパーソン生まれで、こう見えても26らしい。


職は今見たように、依頼人から頼まれた者を殺す暗殺者キラー


中でも親分と言われるほどの実力者なのだと、ちょっとしたマウントを取ってきた。


でも、暗殺者にしては、いい人そうな気がする。


私のような底辺を救ってくれたことが、一番の証拠だ。


私は彼に暗殺者たちの隠れ家に案内され、しかもその一室に留まらせてくれた。



「存分にくつろいでいくといい。お前を特別にここに入れたのも、暗殺者の才能があるからだ。俺が認めたんだから、絶対入れよな!」



彼は四六時中、そのことを言っていた。


まあ助けてくれたんだし、暗殺者になってもいいかなとは思ってる。


ってか、もう彼はその前提で、私に明日から魔法の特訓をさせるし。


でも、今日出したタバコの煙攻撃だけで、明日の特訓本当に大丈夫かな………。・


………ってなわけで、なんやかんや路地生活はまぬがれましたが。


兄上に認められるのは、まだまだ長そうです―――――……。






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