第4章 精霊の商人

第15話 魔の森の出会い

『サイラス、右から一頭きている』

「了解」


 警告通り、右側から黒い影が飛んできた。

 サイラス・リーは飛びかかってきた黒豹くろひょうに似た獣を障壁シールドで弾き飛ばした。獣はそのまま木にぶつかり即死する。

 黒豹に似ているが、目が4つあり、尻尾も二股ふたまたに分かれている。サイラスは獣の死体を走査スキャンしてデータをディム・トゥーラに転送した。


『……牙と爪に毒がある。結構、猛毒だ。気をつけろ』

「うへっ、コワイコワイ。街道かいどうはこっちであってる?」

『そのまま北で、まもなく出る』

「それにしても効率が悪い。やっぱり武器が欲しいかも」

『城の中に着地するつもりだったからな。武器を持った不審者が現れたら言い訳できないだろう?』

「まあ、ねぇ……カイルには、まだ連絡つかない?」

『……全く反応がない』

「なんかあったのかねぇ。とりあえずエトゥールに向かって、合流するの一択かな」

『すまんな、こんな事態になって』

「地上の方が面白いし、クローン申請してあるから大丈夫。楽しんでいるよ」

『……イーレに毒されてないか?イテ』


 多分、イーレに頭をはたかれたな、とサイラスは笑った。

 その時、子供の悲鳴が聞こえた。


 悲鳴が聞こえた方に、気配を殺して近づいていく。馬車を囲んで男が五、六人いる。10歳ぐらいの子供が髪の毛を掴まれていた。

盗賊とうぞくたぐいかしらね。サイラス、助けなさい』

 イーレが割り込んできた。

『相手は武器をもっているぞ、気をつけろ』

 とディムが警告する。

「大丈夫、そのためにいろいろ仕込んでいるよ。試してみたいし」

 近づこうとしたサイラスは、ふと足を止めた。

「あれ?でもこれは『影響を与える干渉かんしょう』にあたるかな?」

『あ――』

『サイラス・リー』

 ドスのきいたイーレの声がひびく。

女子供おんなこどもを見捨てるなら、観測ステーションに戻ったときに無事に過ごせると思うなよ』

 観測ステーションのゴッドマザーの命令は絶対だった。


 ディム・トゥーラは考え込んだ。

「サイラスの言うことは一理あるんだよな。どこまで許容範囲でどこまでが違法なんだ」

中央セントラルにお伺いをたてれば?」

「……やぶをつついて楽しいか?」

やぶやぶ大薮おおやぶだからね。魑魅魍魎ちみもうりょうがわんさかでてくるわよ」

「……お伺いはやめておくよ」

「正解。過去の探査レポートでも読んでみれば?」

「――っ!何本あると思ってんだ?!」

「んー五十万本くらい?」

「それを手伝う気は?」

「ないわね」

 マイペースのイーレにディムはため息をついた。これでも、それなりに有名な研究者であるはずなのに、彼女の性格は破天荒だった。それでいて外見は、愛らしい子供の姿をしており、世の中の詐欺の代表と言える。

 だが、その助言は間違っていない。

 探査レポートを洗い出してみるのは、悪くない。例え、気が遠くなる作業だとしても――。

「行動しなければ始まらない……か」

「あら、真面目まじめね」

「イーレの座右ざゆうめいは何?」

「『中央セントラルは信用するな』『考えるより行動』『賢人は危うきを見ず』」

「他は?」

「『私は神』」

「……」

 全然参考にならなかった。


******


――あ-あたしのバカバカバカ。こいつらに荷馬車と馬を盗まれちゃう。父ちゃんの思い出が詰まっている荷馬車なのに。

 リルは激しく後悔していた。

 もっと明るいうちに帰るべきだった。街に大道芸人がいたから、つい見惚みほれてしまった。その帰り道の待ち伏せだ。

 荷馬車の中身は当座の食料品で、金目の物はない。となると、馬と荷馬車ごと奪われる可能性がある。それは非常に困るのだ。

 御者台ぎょしゃだいから引きずり下ろされた。午後のこの時間に誰も通りかからない。魔の森の近くだから当たり前だった。

 魔の森は、商人泣かせの危険な場所だ。

 最近は魔獣の四つ目の犠牲になる隊商も多い。夕暮れまでに次の街に辿り着かなければ、死を覚悟しなければならない。だから、皆午前中の移動を選ぶのだ。

 リルは抵抗して相手を噛み、思いっきり殴られた。口の中に血の味が広がる。痛い。でも泣くもんか、とリルは唇をかみしめた。


 突然、自分を殴った盗賊がいきなり真横に吹っ飛んだ。



――え?何?

 リルは呆然とした。リルをかばうように目の前に黒髪の男がいる。

 その男が盗賊の脇腹を蹴ったからだ、とリルは理解したが、蹴られた男は10メートルぐらい飛ばされなかっただろうか?

 仲間がやられたことに気づいた盗賊団は襲撃に剣やナイフを抜いて構える。が、襲撃者の方が早かった。素手で犯罪者達に殴りかかる。

「危ないっ!」

 男に向かって放たれた後方からの矢は、途中で見えない壁に弾かれた。

――今の何?精霊の加護?


 男は目の前の男を掴み上げると、かなり離れた距離にいる射者に目掛けて無造作に投げた。投げられた男は、そのまま小石のようにまっすぐ飛び、弓を構えていた男を直撃した。


『おいおい、殺すなよ?』

「え?正当防衛が成立しない?」

『そんなのこの世界にあるかわからないだろう?』


 黒髪の男は、武器を持った盗賊団相手に素手で立ちまわって、たまに見えない力で跳ね飛ばしている。この人は精霊使いかもしれない。そういう不思議な力を持つ人々がいると言う噂は聞いたことがある。

 髪は黒いし、長い髪を後ろで束ねている。東国イストレの人がそんな髪をしている。白い変な服もそのためかもしれない。

 男の武術は変わっていた。まるで舞踊だった。少ない動きで、簡単に攻撃を躱して、流れるように反撃している。

 5分もたたずに一方的な闘いは終わった。男は息を乱してもいない。

 リルは突然の救世主にあっけにとられた。男は近づいてくるとリルを助けおこしてくれた。

「あ、ありがとう……」

「ドウイタシマシテ」

 片言のエトゥール語。やっぱり異国の人だ。

 彼は自分が半殺しにした盗賊達を見下ろし、指でさした。

「コレ、ドウシタライイ?」

「どうしたらいいって、街の警護隊に引き渡して――」

 男は首をかしげる。

――え?そんな基本的なこと知らないの?

 東国イストレのお貴族様だ。リルは確信した。


 リルは街道のそばの小さな街の警護隊に盗賊団を引き渡すことにした。黒髪のお貴族様は同行を拒んだので、その場で待ってもらうしかない。

 男は縛りあげた盗賊を、ひょいっと軽い荷物のごとく乱暴に馬車の荷台に放り込んでいく。

――細身なのにすごい怪力……

 彼はリルの視線に気づくと、唇に指を1本たてた。他の人には黙ってろ、ということらしい。こくこくとリルは頷く。

「絶対ここにいてね」

 男は少し考えこむかのように首をかしげた。

「どこにもいかないでね?約束だよ?」

 男が頷いたので、リルは安心して馬車の向きをかえて近くの街に向かった。


「子供なのに荷馬車を操ってるよ」

『けっこう手慣れているな』

「あの子はどこに向かったのかな?」

『ああ、街道を東に三キロほどのところに町がある』

「意外に治安が悪いね?街道かいどうに盗賊がでるとは」

『周辺の情報がないからなんとも言えないな』

「それにしても年齢相応としそうおうの子供は、いやされるねぇ。誰かとは大違いだ」

『……その件についての感想は、生命いのちにかかわるので黙秘権を要求する』

 ガツっと音がして、音声が途絶えた。

「黙秘になってないし」

 サイラスは大笑いした。



 街の警護隊は、リルが連れてきた盗賊団に大騒ぎになった。最近、隊商の被害が多く、手配書が出ていた連中だったからだ。

 リルが捕まえたというのには無理があるので、通りすがりの凄腕の傭兵ようへい捕縛ほばくした、という作り話をでっちあげた。

「とても怖かったですぅ」

 れた頬を濡れた布で冷やしながら、リルはポロポロと涙を流し訴えた。もちろんウソ泣きだ。

 警護隊員はリルに同情し、簡単な調書を取るだけにしてくれた。最近、この地方で子供が誘拐される事件が多発しているので気を付けるようにと言われ、短時間で解放される。

 子供なのに報奨金を半額も出してくれた。涙の効果らしい。

 リルは報奨金を受け取るとすぐに街からひき返した。

――まだいるかな?いてくれるかな?

 自分が襲われた現場に戻るとリルは荷馬車をとめた。

 魔の森から、あの謎の男が顔を出した。

 リルは手をふる。急いで御者台ぎょしゃだいから飛び降り、彼に駆け寄った。

「助けてくれてありがとうね。警護隊に引き渡してきたよ。これ、報酬金。半額でごめんね。でも子供相手に出してくれるのは、珍しいんだよ」

 男はリルの言葉を黙ってきいていた。

 皮袋を渡すと男は中身を見て、リルに押し返してきた。

「イラナイ」

「え」

 予想外の反応にリルは戸惑とまどった。お金をいらないという人間は初めてだった。

「イラナイ。気ヲツケテ帰レ」

 男はリルのれた頬に気づくと軽く触れた。

「――っ!」

 痛みが一瞬で消えた。自分の頬を触れると腫れは完全に引いていた。

 精霊使いの魔法だっ!

 興奮したリルは、立ち去りそうな男の腕を思わずつかんで引き留めた。男が怪訝けげんそうな表情を浮かべる。

「あ、あたしはリル。おじさんは?」


『――お、おじさん……』

 衛星軌道の二人が笑いで悶絶もんぜつしている。

 やかましいなぁ、そっちのほうが実年齢上だろうが、とサイラスは、むっとした。


「……サイラス」

「もう日が暮れるから、今日はあたしんちで泊まってよ。簡単なご飯なら作れるよ。ちゃんとお礼したい」

「……」

 男はしばし考え込んだ。それから頷いた。彼は盗賊団の武器や鎧とかを素早く荷台に放り込んだ。

「あたしんち、わりと近いよ」

 リルは御者台ぎょしゃだいに乗り込むと、にっこり笑った。


 街道かいどうから外れた道を進むと家が一軒現れた。

「ちょっと待っててね」

 リルは慣れた様子で荷馬車から二頭の馬を外すと、馬小屋に繋ぎ、水と飼葉かいばを用意した。

 それから家の鍵をあけて、サイラスを手招きする。

 サイラスは家の中に入った。家の中は整っていた。炉には鍋がかかっている。

「……家族ハ?」

「いないよー、父ちゃんは2年前に死んだ」

「……リル、何歳?」

「もうすぐ11」

「……」

 リルはテーブルの椅子をすすめた。

 男が腰をおろすと、朝から煮込んでいたシチューとパンを用意する。

「お貴族様の口にあわないと思うけどさ、どうぞ」

 男はしばらくシチューを見つめていたが、おそるおそるスプーンで一口のんだ。

「……美味シイ」

 リルはぱっと顔を輝かせた。誰かにシチューの味を褒めてもらうのは久しぶりだ。男の向かいに腰をおろし、自分の分を食べ始める。

 それから一番知りたかった質問をした。

「おじさん、どうしてあそこにいたの?」

 ガチャンと男はスプーンを取り落とす。

「?」

 男はこめかみをおさえ、声をしぼりだす。

「オジサン、ダメ、名前デヨンデ」

「……だめなの?父ちゃんぐらいの年齢かと……」

「ダメ、絶対ダメ」

 それから彼は異国の言葉で小さくつぶやいたがリルにはわからなかった。



「笑い転げるなら通信切るよ」

 笑い声はぴたりとやんだ。



「えっと……サイラス?」

 うんうんと男は頷く。

「サイラスはどこから来たの?」

「遠イトコロ」

「なんで魔の森にいたの?」

「……魔ノ森ッテナニ?」

「魔の森は魔の森だよ。魔獣がいっぱいいる危ないところだよ」

『まずいところに定着したな』

――全くだ。やはり情報収集は必要なようだ。

 移動装置ポータルが定着した場所が危険地帯ならば、やはりエトゥールのカイル達と合流することが優先になる。

「道ニ迷ッテイタ。ココカラ、エトゥール、ドノクライ?」

「エトゥール?王都エトゥールは遠いよ?……馬で十日くらいかなあ」


『まあ、そんなものだな』

 馬で十日。直線距離で500kmを1日50km走破しての計算だ。村や街に泊まれないとなると、さらに走破距離は落ちる。しかも馬などない。走るにしても、街道では目立つ。森の中を直線で北上するしかないかもしれない、とサイラスは思考を巡らせた。

「魔獣ハ、街道ニモ、デル?」

「出るよ、夜は特に危ないよ。ここの領主様は全然討伐してくれないんだ。最近、すごく増えている」

 あの黒豹に似た生物は魔獣だったのか。夜に遭遇すると、手こずるかもしれない。

 武器をどこかで調達する必要がある。盗賊達の武器は粗悪品だった。

「サイラス、エトゥールに行きたいの?」

 リルの問いに、サイラスは頷いた。

「あたし、エトゥールまで送ってあげるよ」

「――」

「エトゥールなら父ちゃんと何回かいったから、道もわかるよ。サイラス、この国のこと知らなすぎて、すごく心配」

 わずか10歳の子供に知識不足を心配されてしまった……。事実とは言え、サイラスは遠い目をした。


「……子供を巻き込むのかぁ」

 ディム・トゥーラは悩んだ。

「悩ましいけど、悪くない話よね。案内人は欲しいところよ。この子の安全を守れるなら、私は推奨するわ」

 イーレは意見を述べる。


 サイラスは黙り込んでしまった。

 即座に拒否されなかったということは、彼の方でも思うところがあるのだろう。リルはドキドキしながら彼の反応を待った。

「……武器ガ欲シイ」

「あ、そうか。昼間素手で戦ってたもんね」

 盗賊団の武器と鎧を回収してたのはそのためだったのか、とリルは納得したが、彼らの残した武器はそれほどいいものではなかった。それはサイラスも気づいているらしい。

 うーん、とリルは考え込み「サイラスならいいか」とつぶやいた。食事を終えているサイラスをちょいちょいと手招きをする。

 リルは隣の部屋に招きいれると、壁の板を軽く押した。カタっと小さな音がして隠し扉があく。扉の中には地下に通じる階段があった。リルは灯を用意し、階段を降りていく。

 地下室はかなり広く、棚がたくさんあった。保存食らしき袋や衣服や日用の雑貨まで山積みされている。壁にはいくつかの武器がかかっている。

「――」 

「うちの父ちゃん、商人だったの。在庫があるから、今も食うには困らないんだ。これを少しずつ売って暮らしているわけ」

 リルはあかりを持って、地下室の一番奥の棚に案内した。そこには、剣や弓、ナイフから槍、大剣のあらゆる武器があった。

「父ちゃんが仕入れてたヤツ。結構、いいでしょ?好きなの持っていっていいよ」

 リルは得意気に言った。

 リルの言葉にサイラスはそこにある武器の吟味を始めた。

「使える?」

「……サア」

 なんとも頼りない返事がきたが、お貴族様はそんなものかもしれない、とリルは納得した。結局、彼は剣と弓の一式、数本の槍を選んだ。

 武器を選んだサイラスの手に、リルは彼の着替えを積んでいく。サイラスの服が変だから、とフード付長衣ローブまで用意された。

「皮鎧は?」

「イラナイ。かね、エトゥールデ、払ウ、イイカイ?」

 その言葉はリルの同行の了承だった。

 ぷぷっとリルは笑う。

「さっきの報奨金でいいよ。お金ないのに、いらないって言うなんて、路銀はどうする気だったの?」

 村も街も無視して走り抜くつもりだったと言わず、サイラスは微笑みで、ごまかした。

「出発は明日の午後ね。午前中は準備があるから。こっちでゆっくり休んで」

 休む場所として、リルはサイラスを死んだ父親の部屋に案内した。

「おやすみ、サイラス」

「オヤスミ」

 サイラスは部屋を見渡す。

 使う者がいないはずなのに、部屋は綺麗に掃除されていた。そこに自分に協力を申し出た幼いリルの寂しさを見出しサイラスは吐息をついた。


******


 翌朝、リルはすでに手際よく準備を進めていた。

 飲み水用のたるに井戸から水をくみ、蓋をしてサイラスに荷台にあげてもらう。馬の飼葉かいばや野営用の鍋やスキレットフライパンも積み込むと、リルはまきが足りないことに気づいた。

「サイラス、まきを集めてきて」

「……『まき』ッテ、ナニ?」

 貴族のおぼっちゃまって、まきも知らんのかーい、とリルは衝撃を受けた。

 リルはとりあえず荷馬車から斧となたを取り出した。

まきというのは焚火たきびをするための木材だよ」

 見本になるまきを指し示し、斧となたを渡す。

「これがいっぱい欲しいの」

「イッパイ?タクサン?」

「たくさん」


 サイラスは剣帯けんたいの帯皮を腰に巻くと斧となたを持って森に消えた。

 地下室から角灯やら毛布、食料を運び上げる。午後には出発できるなあ、とリルは考えた。簡単に家の中を片付け、外に出たリルはぽかんとした。


 わずか1時間で荷馬車のそばには、恐ろしい数のまきが山積みされていた。


「何、これ――っ?!」

「『まき』……違ッタカナ?」

「ち、違わないけど……こんなに使わないよ……」

「売レバ?」

「……売る……うん、売ろう」

 まきの横には魔獣の死体もあった。

 魔獣の四つ目は普通は兵団で狩る代物である。なんで野ウサギみたいに積まれているんだろうか?

「……これ、サイラスが倒したの?」

「ドクガアッテ、アブナイカラ、ネ」

 サイラスは強い。強いが常識がなさすぎるお貴族様だ。リルはしっかりとその事実を頭に刻みこんだ。

 だが、リルは気づいた。

 毒があることを知っていて、あえて危険を冒して多数退治したのは、付近に住む人間を気遣ってのことだろうか?

 貴族が平民を気遣う?

 ありえない行為だが、なんだかリルは、サイラスの行動にほんわかした。討伐隊を派遣してくれないこの地方の領主より、はるかに彼のことが尊敬できた。

 リルは山積みされたまきの中に異質な木材を発見した。

「……リグナムじゃん」

 これ、めちゃくちゃ硬くて、なかなか伐採できない高級素材なんだけど――リルは素早く原価計算をした。

「サイラス、これを1mぐらいの長さでいっぱい欲しい。多分路銀になるよ」

 サイラスは了承の印か親指をたてて再び森に向かった。


 リルは最初にたどり着いた村で解体屋を訪れ、四つ目の死体を売った。解体屋は持ち込まれた数にギョッとしていた。

「兵団の討伐があったのか?」

「傭兵さんの無料奉仕だよ。買い取ってくれる?」

 ちらりと戸口の長衣ローブの黒髪の男を視線でしめし、自分が代理人であることを無言で主張する。

「ああ、もちろん。ありがたいぜ、最近増えてたからな」

「だよねー」

 解体屋は感謝の気持ちか、相場より高く買い取ってくれた。これで当面の路銀の問題は解決した。


「リグナムじゃないか」

 リルが差し出した木材の見本に問屋の親父が驚いたように言う。

「まさか、森で伐採したのか。魔獣もいただろうに」

「退治したんだ。四ツ目を解体屋におろしたから、牙とか毛皮とか素材が欲しけりゃ、今のうちにだよー。リグナム1本あたりいくらで買う?」

「……これぐらいでどうだ?」

 親父が指で値段を示す。

「はあ?馬鹿にしてるの?」

 リルはむっとしたように、入口の黒髪の男に声をかける。

「サイラス、別の店に行こ。この店しみったれだ」

「まてまてまて」

 親父は慌てて指を1本増やす。

 リルは首をふる。

「別の店にいく」

「わかったわかった。1本9銅貨でどうだ」

「50本あるよ」

「なんだって?!」

「全部売るから、食糧を2人分、3日ほどサービスしてよ」

「50本あるなら一週間分にしてやるよ」

「マジ?やったあ、ありがとう」

 商談成立。

 リルは、にっとサイラスに笑ってみせた。


『たくましいな……』

「同感……」

 サイラスが最強の案内人をゲットしたことは、間違いなかった。

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